第92話
「……に~し~も~と~? あんたさあ、本っ当にいい度胸してるわよね~?」
すっかり日が暮れた頃になって、学校から直樹の実家に戻ってきたら、そう言いながら鬼の形相で私達を出迎えたのは美雪だった。対して直樹は、一瞬訳が分からないといった感じでびくっと肩を震わせた後、視線を逸らしながら「悪かったって」と小声で謝った。
「明日からは、ちゃんと協力する」
「本当でしょうね? これ以上のエスケープはマジで勘弁してほしいんだけど?」
「分かってる、もう大丈夫だから」
もう大丈夫。直樹の口からそんな言葉が出てくるなんて、きっとこれっぽっちも思っていなかったんだろう。美雪がきょとんと目を丸くしている。高校からの付き合いだけど、こんな美雪の顔を見るのは初めてだった。
「え、マジで……?」
美雪が私の方に顔を向けてくる。とても信じられないと言いたげに見えたけど、私はそんな美雪を笑ってしまわないよう、必死に堪えながら「うん」としっかり頷いた。
「二人でちゃんと話し合ったから。本当に、もう大丈夫。ごめんね、ずっと心配かけて」
「そうなの?」
ねえ、西本と、美雪が視線だけを直樹に向ける。直樹は少しだけ間を置いた後で「その事でも迷惑かけて悪かったよ」とさらに謝った。
「さっきまで、二人で話してたんだ。俺は葵生の夢を心から応援するし、葵生が留学から帰ってくるまで、ちゃんと待ってるから……」
そこまで言うと、急に照れ臭くなってしまったのか、直樹は顔を真っ赤にしながら私達の横を擦り抜けていく。そのまま二階への階段を駆け足で昇っていってしまったから、たぶん夕飯時になるまで降りてこないだろう。
そんな直樹の背中を、私も美雪もぽかんと見送っていたけれど、やがて美雪が私の背中をぱしんと一つ叩いてから「よかったね、葵生!」と嬉しそうに言ってくれた。
「あの唐変木が、やっとまともな事を言ってくれたっていうか……何て言って、あそこまでデレさせたのよ!?」
何かしら奥の手を使ったんじゃないかと、ワクワクとした目で私を見てくる美雪。私はそんな子供っぽい期待を寄せてくる親友に、首を横に振りながらこう答えた。
「それを使ったのは、私じゃない。もっと違う、別の人だよ」
夕食後。お風呂に行こうと誘ってきた美雪や他の女子達に先に行くように言って部屋に一人残った私は、直樹から……いや、彼女から託された例の手紙を取り出して、もう一度最初から読み返していた。
いまだに信じられない気持ちは残っているし、もしかしたら私にも直樹やあの勝さんって人みたいな現象がいずれ起こるかもしれない。
それでもと、私は彼女からの手紙を胸元に引き寄せて、くしゃっと音が鳴るまで抱き締めた。
「ごめんなさい。この手紙は、私がずっと持ってるから。あなたの事、直樹の分までずっと忘れないから……」
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