最終章

第91話

「……本当に、私がこれを読んじゃっていいの?」


 全身にとても冷たい氷水を被ったかのように震えながら、それでも必死になって直樹は花壇の方を指差した。その通りに急いでそこの土を掘り返してみたら、出てきたのは丈夫な造りをした筒状の入れ物。


「中を開けて、読んでくれ……!」


 そして、直樹に言われるままにその蓋を回して開けてみれば、中から何枚もの古びた手紙が出てきた。その一枚目に書かれてあった宛て名は、『直樹へ。そして、直樹の大事な人へ。』だった。


「あ、葵生……。頼みが、ある……!」


 頭を押さえたまま、顔を伏せる直樹。とても苦しそうで、悲しそうな声だった。


「これから先、俺がどんなふうになっても……その手紙の通りに、ふるまってほしい……!」

「え?」

「俺、嬉しかった。葵生と初めて会った時……。皆が『あいつ』の事を忘れていくのに、お前が『あいつ』の事を心に留めてくれて……。俺はもう、『あいつ』の名前も思い出せなくなってたのに……」

「……」

「それでも、『あいつ』を好きでいた事だけは忘れたくなかった。別の誰かを好きになってしまう事がすごく怖くて……。なのに、葵生はこんな俺の側にいてくれたから……!」

「バカだなあ、直樹は」


 本当に、バカだと思う。もっと早く話してくれればよかったのに。そしたら、直樹の苦しみをもっと多く、それこそ一緒に背負ってあげられたのに。


「大丈夫だよ、直樹」


 私は、その何枚もの手紙ごと、そっと直樹の背中を抱きしめた。


「きっと私は忘れないから、彼女の事。だから、直樹は安心して忘れていいよ」

「あ、おいっ……」

「大丈夫だからね、直樹」


 何度もそう言いながら、私は必死に何かから抗おうとしている直樹の丸まった背中を優しく撫でていく。直樹はやがて嗚咽交じりの声で「嫌だ」「忘れたくない」「お願いだから、やめてくれ」と言っていたけど、それもだんだん小さくなって、やがて完全に聞こえなくなってしまった。

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