第81話

学校からの帰り道。今日の分の仕上がりを『あいつ』に見せながら、昼休みの時の勝との話を聞かせてやると、心なしか『あいつ』は俺の絵を見るよりもぱあっと明るい表情になって「本当に?」と喜んだ。


「本当に勝君、お米をおすそ分けしてくれるって言ったの?」

「あ、ああ。もうすぐ稲刈りも始まるだろうから、早くても来月には新米ができると思うけど」

「やった~!」


 やっぱり、心なしなんかじゃなかった。『あいつ』は俺のスケッチブックを抱えたまま、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。この大げさなくらいの喜びように、俺は何となく不愉快になって「喜びすぎだし、食い意地張りすぎ」と言ってしまっていた。


「確かに勝んちの米はうまいけどさ、何もそこまで喜ばなくても」

「だって、勝君のお米だよ? 私、ずっと楽しみにしてたんだもん。よかったぁ~!」


 うふふ……と両肩を揺らしながら喜び続ける『あいつ』。俺はますますおもしろくなくて、『あいつ』の持っていたスケッチブックを取り上げながら「はいはい、そうですか」とふてくされた。


「そんだけ喜ばれたら、勝も農家冥利に尽きるってもんだろうな。ああ、うらやましい」

「……」

「何だよ」


 何かしらの反応が返ってくると思っていたのに、気が付けば『あいつ』はきょとんとした顔でこっちを見ているものだから、俺は今吐いたばかりの自分の言葉が恥ずかしくなった。


 何だよ、俺って奴は。昼休み、勝と話していた時は「めちゃくちゃ喜ぶだろうから、頼むな」って言っておいて、いざ『あいつ』がその通りに喜んでみせたらおもしろくないと思うなんて。勝に嫉妬するだなんて……て、はあ?


「……俺、勝に嫉妬したのか?」


 すとんと胸の中に落ちてきた何かに合わせるように出てきたその言葉に、俺自身が一番びっくりした。まさか、この世で一番か二番を競えるくらい自分の事をつまらないと思っていた俺が、こんなふうに誰かの事を羨む日が来るなんて思いもしなかったから……。


 その事実に戸惑い過ぎて、俺はスケッチブックを持ったまま呆然と突っ立ってしまう。そんな俺に、『あいつ』の顔が静かに近付いてきていて……次に瞬きをした直後には、『あいつ』の小さくて柔らかな唇が俺のそれと重なり合っていた。

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