第60話
「町全体がよく見えてさ、箱庭みたいでおもしろいぞ? 風も気持ちいいし」
「行かない、行きたくないの」
また首を横に振りながら、そう断ってくる『あいつ』。いつもだったら「そうなんだぁ。じゃあ私も!」なんて言いながら、大ノリでいろんな事に付き合ってくれるのに……。
どうしてこんなに頑なに断ってくるのか分からないし、だんだん俺自身まで拒絶されてるような気になってきた。そのせいか鼻の奥がつんと痛くなって、落ち着かない。
それが心地悪くて、すんっと一度鼻を啜ってみる。すると、『あいつ』は大げさなくらい両肩を震わせてから「ご、ごめんなさいっ」と謝ってきた。
「直樹に誘われるのが嫌って訳じゃないの。声をかけてくれた事は、嬉しかったよ?」
「じゃあ……」
「でも、ダメなの。どうしてもダメで……」
そう言って、『あいつ』は足元に視線を落とす。白い両手はもじもじと悩ましげに指を絡ませていて、次の言葉をどう紡ごうかと必死になっているように見えた。
自分の感情に任せた結果、『あいつ』を困らせている。そう分かってしまった俺は、慌てて「いいよ、分かった」と口を開いた。
「悪かったよ、無理に誘って。そうだよな、お前にだって乗り気じゃない時くらいあるよな」
「……」
「気が向いたら言ってくれよ、本当におすすめの場所だから」
「……」
『あいつ』は何も答えてくれず、うつむいたままだ。こんな時、勝のコミュニケーション能力の高さが本当にうらやましいと思う。俺はあんなにワクワクしていた気持ちがすっかり冷め、城跡に向かう気まで失くしてしまった。
「じゃあ、俺行くから……」
これ以上気まずくなるのも嫌で、俺は『あいつ』に背中を向ける。明日はいつも通りに話ができればいいなとそのまま歩き出そうとしたのだが、服の裾をつんと引っ張られる感触を覚えて、反射的に振り返ると。
「……直樹、のど渇いた」
うつむき加減は変わっていなかったが、ちらちらと上目遣いで遠慮がちにそう言ってくる『あいつ』。細い指先に捉えられた俺の服の裾は、そんな『あいつ』から離れたくないと言わんばかりにぴんと伸びていた。
二の丸広場まで行けば自動販売機がある事は知っているけど、さっきの話の流れで連れて行くのは無理だろう。そう考えた俺は『あいつ』の指先にそっと手を置きながら、「町役場の前に、うまいジュースを置いてる自動販売機あるんだ」と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます