第59話

(何やってんだ……?)


 まだ昼食時と言っていい時間だ。この町の住人の大半は自分の家で昼飯を食べる事が多いから、うるさく鳴き響くセミの声以外、誰の気配も感じられない。そんな中、『あいつ』はただひたすら入口の奥を見つめ続けていて、ぴくりとも動こうとしなかった。


 何だか、急に不安になった。まるで『あいつ』が、そのまま一人ぼっちでどこかに行ってしまうんじゃないかって……。


 そう思った次の瞬間、俺はかなりの早足で『あいつ』に近付き、力が抜けて宙ぶらりんとなっていたその片腕をがしりと掴んでいた。すると、『あいつ』は飛び跳ねかねない勢いでびくりと全身を震わせた後、勢いよくこっちをばっと振り返ってきた。


「え? な、直樹……!?」

「よ、よう。何してんだよ、こんな所で」

 

 俺がこの場にいる事がよっぽど想定外だったのか、『あいつ』はこれでもかってくらいに両目を大きく見開いて凝視してくる。そんな『あいつ』に何だかこっちが申し訳ないような気分になって、俺は掴んでしまっていた腕から急いで手を離した。


「わ、悪い。驚かせたよな」

「……ううん、そんな事ない。私がぼうっとしてただけだから」

「散歩か?」

「えっと……うん、まあそんなとこかな」


 そう言って、『あいつ』はまた城跡公園の入り口の方を見上げる。そういえば、まだこの先には案内してなかったなと思った俺は、「じゃあ、一緒に行くか?」と誘ってみた。


「学校に行く前に、ちょっと絵を描いていこうと思ってここまで来たんだ。よかったらお前も一緒に」

「行かない」

「え……」

「私、行かない」


 俺の言葉を遮ってまでそう断った『あいつ』が、ゆるゆると首を横に振る。そこには俺が感謝していた明るくてまぶしい笑顔はどこにもなくて、全く正反対の表情が広がっている。俺は、信じられないものを見た気分だった。


 何だよ、その顔。そんなの全然似合ってない。お前は小さな子供みたいに明るくてまぶしくて、はしゃいでいる笑顔がものすごくいいのに。そんな顔、俺は好きじゃない。これっぽっちだって、見たいとは思わない――。


「……結構、いい景色なんだぜ?」


 『あいつ』が嫌がっているって分かっているのに、あきらめの悪い俺は入り口の方を指差しながら言った。

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