第49話
「ここって……」
目的の場所に辿り着いた時、葵生がはあっと大きな息を吐いた後でそう言った。
たった三年と言っても、母さんがこまめに掃除をしてくれていただろう俺の部屋と違って、特に誰かがきちんとした管理をしていた訳じゃないんだろう。俺と勝、そして『あいつ』が通っていた高校は、あの頃とはすっかり様変わりしてしまっていた。
まずは鍵すらかかっていない開けっ放しの校門だが、用務員のおじさんが毎朝ていねいに掃除してくれていたあの頃と別物ではないかと疑ってしまうくらい伸びっぱなしの雑草に取り囲まれ、うっすらと苔まで生やしていた。刻まれている学校名も目を凝らさないと、よく見えないくらいだ。
閉校式の際、別の学校に行く事が決まったとあいさつをしてくれたおじさんの寂しそうな顔まで思い出しながら、葵生の手を引いて敷地内へと入る。葵生の「直樹、入って大丈夫なの?」と心配そうな声が後ろから追いかけてきたが、俺はこくんと一つ頷いた。
「大丈夫。誰もいないし、見てないから」
「でも」
「ここでないと、うまく話せる気がしないんだ」
俺がそう言うと、葵生はもう心配の言葉を紡ぐのをやめて、黙ってついてきてくれた。俺はそんな葵生を背中越しに感じながら、『あいつ』のデッサンしか載っていないあのスケッチブックを部屋に置いてきてよかったと安堵する。きっと『あいつ』もそうした方がいいと言うに違いないから。
人の出入りもなく、手入れすらされなくなった田舎町の校舎の行く末なんて知れている。俺達が校舎の昇降口の前に歩を進めれば、その朽ち様はよりはっきりと目に映り、『あいつ』がいない現実と相まって余計に寂しさが募った。
昇降口のドアも開きっぱなしの上、はめられている厚めのガラスにもヒビが入っている。それをじいっと見つめていたら、「中に入るの?」という葵生の声が聞こえてきた。
「さすがにまずいと思うよ? 危ないと思うし……」
「……」
「直樹?」
「うん、分かってる」
きっと、葵生の言う通りだと思う。外から見てもこの荒れ具合だ。もしかしたら、動物なんかが入り込んでいて、もっと汚くなってるかもしれない。
俺は昇降口から顔を逸らして、そこから校舎の壁に沿うように横へと歩く。繋ぎっぱなしの葵生の手のひらの中でじんわりと汗が浮かんでいるのを感じたが、それでも手を離す気になんかなれなかった。
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