第46話

『……ううん、そこは別にいいよ。私は、大丈夫』


 何度か誘ってはみたものの、『あいつ』が何だかつらそうに首を緩く振るものだから、俺も勝もあきらめてしまったけど、本当はここからの景色を『あいつ』にも見せてやりたかった。


 一の丸ほどまだ小高くもないし、都会みたいな派手なイルミネーションなんかもある訳じゃない。でも俺は、ここから一望できるこの町の風景が大好きだ。昼間は町の人達自慢の田園風景が青々と広がって見えるし、日が暮れればぽつぽつと灯る家々の明かりと少し強めに通り抜けていく風のさざめきが心地よく感じられるから。


 『あいつ』にも、この気持ちを知ってもらいたかった。もっともっと、俺が感じているいろんなものを知ってもらいたかった。それなのに、どうして……。


「直樹」


 また黙り込んでしまった上、少し中身の減った缶を強く握り込んでしまったせいで、ペキッと変な音が鳴ってしまったせいだろう。はっと我に返った俺が振り返ってみると、そこにはとても寂しそうな葵生の顔があった。


「あ、葵生……」

「やっぱりこの合宿、乗り気じゃなかった?」

「え?」

「直樹、つらそうな顔してるから」


 そう言って、葵生は俺から目を逸らし、手の中の缶ジュースを持て余す。しゅわしゅわと炭酸特有の音が小さく聞こえてきたが、まるで葵生の泣き声のように思えて、俺は心底焦った。


 違う、そうじゃないと声を大にして言いたい。つらいのは葵生、お前の方だろと。


 分かってるんだ、俺が悪いんだって。もう取り戻せない『あいつ』との日々や、『あいつ』への思いに固執するあまり、今、目の前にいる葵生に誠実になれていないって事くらい……。


「別に、そんな事ないよ」


 だというのに、バカな俺は結局いつもの調子で淡々と答えてしまうんだ。


「この合宿は、そもそも俺がレポート遅らせてるのが一番の原因でやってる事だから。小原や皆には迷惑をかけて悪いと思ってる。もちろん、葵生にも」

「え?」

「俺に付き添わなきゃいけないせいでバイトまで休ませてるし、留学の準備だっていろいろあるだろ? それなのに」

「そんなの、何でもないよ。それより、今は直樹の事が分からない方がつらい」


 ふるりと小さな両肩を震わせて、葵生が言う。うつむいてしまった上に少し長い前髪も被さってよく見えないが、それでも葵生があの日の『あいつ』と全く同じ表情をしているだろうという事だけは分かった。

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