第45話

ベンチのすぐ横に見える自動販売機は、ラインナップが全然変わっていなかった。少なくとも、大学の近辺ではどこを探しても見つからないような古いデザインの缶ジュースばかりで、味もオレンジかグレープ、そしてレモンしかない。


 それでも物欲しそうに自動販売機を見つめている葵生に気が付いた俺は、「飲む?」と尋ねた。


「おごるよ、何がいい?」

「え? いいの?」

「俺だって、ここまで付き合わせて悪いくらいは思ってるから。遠慮しなくていいよ」

「それじゃあ……レモンで」





『直樹。私、レモンがいい!』

『意外だな。俺の勝手なイメージだけど、お前はグレープ派だと思ってた』

『だって、直樹もレモン好きなんでしょ?』





 ふいに、『あいつ』とのそんな会話が頭の中に蘇って、俺は思わず首を大きく横に振った。


 やめろ、間違えるな。これ以上は、さすがに葵生に対して失礼過ぎる。


 俺は、『あいつ』をこの城跡公園に連れてきた事なんてない。『あいつ』にジュースをおごってやったのは町役場の前にある自動販売機の奴で、たまたま同じ味だったってだけだ。


 分かってるはずだろ。これ以上、葵生の優しさに覆い被さるような心持ちでいたらダメな事くらい……!


「直樹?」


 黙り込んでしまった俺に、葵生が不思議そうに首を傾げてくる。俺はとっさに「何でもない、レモンだよな?」とごまかして、少し茶色い錆が付き始めている自動販売機と向かい合った。


 ガラガラ、ドン……と弱々しく鈍い音を立てながら取り出し口に落ちてきた二本のレモンジュースを持って、葵生の元に戻る。そのうちの一本を手渡してやると、先にベンチに座っていた彼女はそれをそっと自分の頬に押し当て、微笑みながら「冷たくて気持ちいい」と嬉しそうに言った。


「ありがとう、直樹」

「……うん。このジュースうまいから、早く飲めよ」


 俺は葵生の隣にゆっくりと腰かけ、ジュースのプルタブを開ける。プシュッという小気味いい破裂音とそこから微かに漂ってくるレモンの香料が、少しだけ汗ばんでいた俺の頬にも心地良く届いた。


 葵生もプルタブを開けて、ごくごくと飲みだす。それにつられるように俺も飲み始める中、二の丸広場全体を通り抜けるように一陣の風がざあっと吹き、俺や葵生の前髪、そして周りの木々の葉を揺らしていった。


 ……ああ、ダメだ。やっぱり考えてしまう。ここに、『あいつ』を連れてきたかったなんて。


 あの短い日々の中、俺と勝は『あいつ』をこの町のいろんな所に案内したけど、ここだけは――この城跡にだけは連れてこなかった。いや、正確には『あいつ』が来たがらなかった。

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