第40話
「ま、勝……? まさか、お前まで……」
「ん? 何だよ、直樹。つーか、そっちの人は誰だ?」
大きく両目を見開き、少し震えた声で俺の名前を呼ぶ直樹。何だよ、久々の再会だっていうのに。ああ、そうか。さすがにこの薄汚れた格好じゃ、そういう
俺は自分の胸元の埃を急いで叩き落とすと、その女の人に向かってぺこりと頭を下げた。
「初めまして。俺、直樹の幼なじみで菅谷勝っていいます。直樹とは高校までずっと一緒で、今はこの町で農業やってます」
「え……あ、はい。わ、私は江崎葵生、です……」
俺みたいな、ザ・田舎野郎って感じの男に会って緊張しているのか、女の人は戸惑いながらもそう返してくれる。その間もずっと直樹の側から離れないものだから、ああ、なるほど。そういう事かと、俺は一人納得した。
「直樹、お前も隅に置けねえな。彼女連れで故郷に凱旋するなんて」
ついおもしろくなって、にやっとした笑みを見せる。案の定、直樹は居心地が悪そうに俺から視線を外したが、そうは問屋が卸さない。俺はさらにからかってやった。
「いやいや、謙遜する事ないぞ? 思えば保育園の頃から
「……お前だけは」
「ん? 何だって?」
「お前だけは違うと思ってたのに」
ぽつりとそう言う直樹だが、何の事だかさっぱり分からない。俺はもちろんだが、葵生さんって女の人も不思議そうに首を傾げて、直樹の次の言葉を待つ。
「町の人や、母さんは仕方ないって思ってた。でも、まさかお前まで『あいつ』の事を忘れるなんて……」
まるで絶望しきっているふうな口ぶりで、直樹はあぜ道のあちこちに散らばっていたスケッチブックや鉛筆を拾い始める。大学に行っても相変わらず絵は描き続けてるみたいだ。ちらりと見えたスケッチブックのページの中に、葵生さんとはまた違ったタイプのかわいらしい女の子の絵があった。
「『あいつ』? 誰の事だ?」
全く心当たりがなく、正直にそう口にすると、直樹はさらに大きく息を飲んで、勢いよくこっちに顔を向けてきた。
「やっぱり、そうなんだな……。お前ももう、ダメなんだな……」
「何の話だよ?」
「……いや、いいよ。こっちの話だ」
スケッチブックや鉛筆を拾い終えると、直樹はゆっくりと立ち上がって俺の横をすり抜けた。それを見た葵生さんも慌てて「待って、直樹!」と追いかけ始める。
その様に何か一瞬思い出しそうになったけど、結局何も出てこなくて。でも何だかほっとく気にもなれなかった俺は、直樹と葵生さんの背中に向かって少し大きな声で言った。
「直樹! 後でお前んちに俺が作ったトマト持って行ってやるよ! めっちゃくちゃうまいから楽しみにしてていいぞ! 葵生さんもよかったら食ってくれよな!」
直樹は振り返りこそしなかったものの、空いている方の手をゆっくりと肩の高さまで持ち上げてふらふらと振った。葵生さんも肩越しに振り返って、「ありがとうございます」という口の形をかたどってから、直樹の後を追っていった。
一人、あぜ道の真ん中に残された俺は、すっかり昇り切った太陽の光を浴びながら思い切り両腕を上げて背伸びする。
とてもいい天気だ、まさに絶好の収穫日和。丹精込めて作った上等のトマトを持って、直樹の奴を驚かせてやろう。
そう思いながら、俺はあぜ道の先にある我が家へと向かって再び歩き出した。
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