第37話

「私、こうやって花が元気に育っていくのを見るのが、結構好きなんだよね」


 『あいつ』が言った。


「だって、植物って人間とか他の動物みたいに動く事はおろか声を出す事もできないけど、その分、太陽に向かってまっすぐ育ってたくさんの彩りや実りを作ってくれるでしょ? そういうところを見てると、何だかこっちまで元気をもらえる気がするの。一生懸命生きてるんだなあって、感動できるんだよね」


 そう言ってにこりと笑う『あいつ』は、俺の目にはとてもまぶしく見えた。


 ちょっと変に思えるところもあるけれど、この純粋さが『あいつ』の一番いいところなんだと思える。俺や直樹が持ち合わせていないようなものを持っている『あいつ』は、きっと今、世界で一番きれいな存在に違いないと本気で思った。


「……いい女だな、お前は」


 直樹を挟んだ先から、俺は素直にそう告げる。直樹も俺の言葉に合わせるように、こくりと頷いた。


「え?」

「お前みたいに優しくて心根のいい女は、そうそういないと思う。このパンジー達もお前に世話してもらって、絶対喜んでるよ」

「何言ってるの、私だけじゃダメだよ。直樹と勝君がいるからだもん」


 ね? と小首をかしげてこっちを見てくる『あいつ』。俺は思わずドキッとしてしまったが、直樹はそれを避けたかったのか、ずっと花壇の中の雑草や小石ばかりに目を向けていた。


「私、この町に来てよかった」


 俺達二人を交互に見ながら、『あいつ』が言った。


「この町で、直樹と勝君に会えて本当によかった」

「……それは、さすがに大げさだろ」


 小石を拾い上げる手を止めて、直樹がつぶやくようにぽつりと言う。その口元に苦笑いを浮かべながら。


「少なくとも俺は、そんな大したもんじゃないよ」

「おい、それは嫌味か?」


 俺は先ほどの直樹の言動を思い出して、またちょっとムカついた。


 びりびりに破かれた進路希望票に、ぐしゃぐしゃに丸められた風景画の数々。一度そうしちまったものは二度と元には戻れないけど、でももう一回やり直す事くらいはできるだろ? そんなふうに思いながら、俺は直樹の顔をじっと見ながら言葉を続けた。


「俺は絵の事なんか全然分かんねえけど、お前の大事なもんだって事は痛いほど分かってるつもりだぞ? なのに、あんな真似しやがって」

「……それが言いたくて、雑草抜きなんて口実を作ったのかよ」

「おう、悪いか」

「悪くはないよ。ただ、俺には不相応だと思ってるだけ」

「何だ、そりゃ」


 直樹の言葉の意味が、ちっとも分からない。本当に何言ってるんだ、こいつ?


「挑戦する前から、あきらめてんじゃねえよ」


 何を思ってそんな事を言ってんのか、そこまで突っ込んで聞き出すつもりはなかったが、最初からあきらめモードの直樹はやっぱり気に入らない。俺は土まみれになった軍手を外すと、そのまま人差し指で直樹の額を突いてやった。「いてっ」とか言ってたが、知るか。

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