第34話

「お前、あの花火大会があった日、『あいつ』と一緒にいただろ?」


 駆け引きなんて上等なものは性に合わないから、開口一番でそう言ってやると、直樹は少し間を空けた後で、嘘を付く事なく「ああ」と答えた。直樹のこういう茶を濁そうとしないところ、俺はガキの頃からずっと気に入っている。


「城跡公園の入り口の所で一緒になった。お前に呼び出されたって言ってたぞ」


 ああ、そうだよ。校門の前で待ち合わせしてて、あの花火大会に二人だけで行くつもりだった。そして、好きだって告白するつもりだったんだよ。


 そんな俺の一大決心を知る由もなく、『あいつ』は直樹と一緒にいたのか。俺とじゃなく、直樹と……。


 俺は口を開いて、次の言葉を紡ごうと短く息を吸った。この息継ぎが終わったら、一気に捲し立てるように聞いてやる。二人だけで何やってたんだとか、二人で何の話をしてたんだとか、いろいろと……。


 だが、そんな俺よりも一瞬早く、直樹の方が「でも」と言葉を切り出した。


「『あいつ』、動けなくなったんだ……」

「は?」

「町役場の前で、急に顔色が悪くなってしゃがみ込んで……。大丈夫かって声をかけたら、逆にすごい必死で尋ねてきたよ。「今日、何日?」って」

「何日って……花火大会のあった日なんだから、二十八日だろ?」

「そうだな、二十八日だ。そしたら『あいつ』、急に大声で言ったんだよ。『……そうか、今日だったんだ!』って」


 直樹が何を言っているのか、よく分からなかった。話している当の本人も、どうすれば俺により上手く伝えられるのか手探りの状態で言葉を選んでいるという感じだ。だから、そんな直樹がちょっとでも焦らないよう、俺はもう何も言わずに次の言葉を待った。


「この後の事は、勝も知ってる通りだと思うけど……『あいつ』はそのままお前に電話した。それで花火大会に行く事を止めてたけど、俺はただそんな『あいつ』を見てる事しかできなかった」

「……」

「本当だぞ? 『あいつ』、本当に必死だった。電話を切った後も、神様に『どうか勝君が無事でありますように』って、震えながら祈ってたよ」

「……」

「勝?」


 俺の頭は、本当に単純だ。今はもう、朝の時のような嫌な気持ちなんてない。『あいつ』が必死になってくれたから、俺は今こうしていられるんだという嬉しさで満たされようとしている。ああダメだ、ダメだ。まだ肝心な事を聞かなきゃいけないんだから。


「直樹。お前、どう思う?」


 俺の言葉の返し方がよくなかったのか、直樹は不思議そうに首を傾げる。俺はさらに尋ねようとしたが。


「まるで、『あいつ』があの事故が起きる事を……」

「ただいま~! もう、あっつ~い!」


 たまたま偶然か、それともわざとなのかは分からないけど、『あいつ』の大声が覆い被さるように教室中へと広がり、俺達の会話の邪魔をする。条件反射のように俺と直樹が振り返ってみれば、そこには空っぽのごみ箱と何枚かの紙束を持つ『あいつ』が立っていた。

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