第32話
「おい、何なんだよ!?」
焦れた俺が少し大きな声でそう言うのと、直樹が俺から両手を離したのはほぼ同時。そして、俺の両足に向けていた視線をぱっと持ち上げた時、直樹も『あいつ』もさっきまでの必死な形相を解いて、心底ほっとしたようなものに変わっていた。
「よかった……」
直樹が、ぽそりと言った。
「勝。お前、どこも怪我してないな?」
……何、言ってんだと思った。畑や田んぼで働いてるんだから、多少の虫刺されや擦り傷なんかは日常茶飯事だが、少なくともこの三日間はここまで心配されるような怪我なんてしていない。そんな事よりも、俺は三日前の電話の中の『あいつ』の言葉を思い出してしまっていた。
『だって、私は直樹のいる所にしか出てこられないから』
ふつふつと、嫌な感じの嫉妬が湧き出そうになる。お前ら、こんな朝から二人きりでいるのかよ。もしかして三日前も、本当は二人一緒にいたんじゃねえの? だから、俺の誘いを断って、ずっと二人で……!
だが、そんな俺の醜い気持ちに蓋をして抑え込んでくれたのも、また『あいつ』だった。
「勝君!!」
また短くばたばたと渇いた足音が聞こえてきたと思った次の瞬間、『あいつ』の真っ白な両腕が俺の方へと伸びてきて、俺の胸元をぎゅうっと掴んできた。そして、次の一秒後には『あいつ』のうわあっという大きな泣き声が校門の周り一帯に響き始めたんだ。
「よかった、よかった勝君! 無事で、怪我なんてしてなくて……本当に、よかったぁ!! うわああああっ!!」
まるで小さな子供が母親とはぐれてしまった時のような泣きっぷりで、『あいつ』は俺にしがみついてきた。どこにそんな力があるのか、あの小さくて白い両手が俺の制服にいくつものシワを作っていく。
何が何だかさっぱり分からなくて、何も言えずにそのまま突っ立っている事しかできない俺。直樹はそんな俺に大きな息を一つ吐くと、スマホの液晶画面を掲げながら「その様子だと、本当に何も知らないんだな」と言ってきた。
「勝。お前、ニュース番組で天気予報しか見ない悪い癖はそろそろやめた方がいいと思うぞ?」
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