第31話

三日後、二学期の最初の登校日の朝はこれでもかってくらいいい天気だったが、俺の目覚めは最悪だった。外海の方で台風五号が発生したって昨日の天気予報で言ってたんだから、外を一歩も出歩けないくらいの暴風雨を期待していたのに……。


「ああ、今日もいい畑仕事日和だねえ。勝、あんた学校終わったらまっすぐ帰ってきなさいよ? 草むしり手伝ってもらうからね」


 俺の気持ちなんてこれっぽっちも知らない母ちゃんのそんなのんきな声を背中越しに聞きながら、俺は重い足取りで家を出て学校に向かった。


 この三日間、俺は直樹とも『あいつ』とも会わないどころか連絡を取る事もなく、ずっと畑仕事を手伝い続けていた。三日も二人と顔を合わせないなんて、『あいつ』が転校してきてから初めての事だ。


 いや、直樹だけでも初めてか。限られた人間しか住んでいないこの小さな田舎町の中で、たった二人だけの同い年。家も近所だから、いつも俺と直樹は一緒にいた。一日や二日会えなくても、電話やメール、今ではLINEで必ずひと言くらいの連絡は取っていたのに……。


「あ、パンジーの世話サボっちまってた……」


 もう少しで学校の校門が見えてくるという所まで来た時、ふいにその事を思い出してしまい、一気に罪悪感が募った。自分から園芸部をやる、パンジーなら育てやすいなんて言っておきながら。


 ますます足取りが重くなるが、それでも一歩ずつ進んでいるのでゆっくりとだが校門へと近付いていく。せめて根元や葉に病気が出ていませんようにと願いながら、校門をくぐった……その時だった。


「勝!!」

「勝君!!」


 校門をくぐってから少し右斜めに見える校舎の横にあるのが、俺達がパンジーを埋めた花壇だ。そこからばたばたと渇いた地面を蹴ってくる二人分の足音が聞こえてきたから、何事かと思って顔を上げてみれば、すぐ目の前に直樹と『あいつ』の必死な形相が迫ってきているのが見え、その驚きで重くなっていた俺の両足はついにぴたりと止まった。


「は……?」

「勝!!」


 相変わらず鉛筆で真っ黒な直樹の両手がこっちに伸びてきて、俺の両肩をがしりと掴む。かと思ったら、今度はその両手で俺の顔を抑え込み、頭から頬にかけて撫でるように動かしてきた。


「お、おいっ? 直樹、何の真似だ?」

「……」


 直樹は返事もせず、今度は俺の両腕や胸元、腰のあたりをその両手でパンパンと軽く叩くように辿っていき、最後は何故か両足をやたらしつこく触ってきた。この間、『あいつ』はそんな直樹を後ろからじっと見ていて、まるで祈るように小さな両手を組んでいる。何なんだ、いったいどういうつもりだよ……。

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