第30話
「もしもし? 俺、もう学校に着いてるぜ?」
『……勝君? ああ、よかった。まだ学校にいてくれてたんだね?』
俺の耳元に、何故か『あいつ』の心底ほっとしたような息の漏れ出る音が聞こえてくる。何をそんなに焦っているんだと、ちょっと変に思った。
「何、言ってんだよ。待ち合わせの時間まで余裕あるだろ。直樹の奴もまだ来てないし」
俺は二人の事を待っている
「少し遅れるくらいなら、大丈夫だぞ? 花火大会が始まるまで結構余裕あるし、バスだってまだあるから」
『……違う、そうじゃなくて』
「じゃあ、どうしたんだよ?」
『お願い、今日の花火大会には行かないで』
「……は?」
『絶対に行かないで、行っちゃダメ』
あまりにも『あいつ』らしくない口調だった。いつもまぶしくて、明るい笑顔と口調を併せ持っている『あいつ』が、こんな暗くて唐突な言い方をするなんて。俺は反対側の手に持っていた花火大会のチケットを強く握りしめながら「……何で?」と尋ねた。
「何で行っちゃいけねえの? つーか、お前は? お前は来ないの?」
『私は、行けない』
スマホの向こうで、『あいつ』が小さく首を横に振っている気配を感じる。それと同時に、さっきまで思い描いてた些細なシミュレーションがガラガラと音を立てて崩れていきそうになり、俺は必死になって嘘を並べ立てた。
「何言ってんだよ、直樹だって楽しみにしてるのに。帰り道も直樹と一緒に送っていくし、せっかくの花火大会なんだから行こうぜ」
『……嘘だよね、それ』
「え?」
『今、勝君の隣に、直樹はいないでしょ?』
あまりにも確信を得ているかのような『あいつ』の口調に、俺の嘘の言葉はそこでぴたりと止まる。何してるんだよ、俺。黙るな。何でもいいから、適当にごまかせ。直樹はちゃんといるって、しっかり言えよ……!
だが、俺の口からそんな簡単な言葉は出てこず、代わりに『あいつ』の声がはっきりとこう告げた。
『だって、私は直樹のいる所にしか出てこられないから』
「は? 何言って……」
『だから、お願い。花火大会には絶対に行かないで。本当に、お願いだから……!』
『あいつ』のそんな言葉を最後に、通話はにべもなく切れた。ツーッ、ツーッという単調な不通音が繰り返されていく中、俺の手にあった二枚のチケットはいつの間にかぐしゃぐしゃの紙ごみに変わってしまっていた。
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