第29話
あれは、夏休みもあと三日で終わる最後の日曜日の事だった。
あの日の昼過ぎ。俺は一大決心の下、『あいつ』を学校の校門前に呼び出した。手に持っているのは、その日の夜、隣町の川沿いで開かれる花火大会の入場チケット二枚。実は前日、いつものようにパンジーの世話をして、適当に時間を過ごしたら、そこに三人で出かけようという話を『あいつ』だけにしていたのだが。
「……いや~、参ったよ。直樹の野郎、急に行けなくなったとか言い出してさぁ。チケットもったいないし、俺達だけでも行かねえか? 屋台もあるだろうから、直樹に土産を買っていってやろうぜ?」
実に陳腐でテンプレっぽい言い訳を何度も何度も繰り返し練習して、自然に、それでいて軽い口調で言えるように努める。優しい『あいつ』の事だから、きっと最初は直樹に遠慮して断ってくるだろうけど、そこを俺の一夜漬けにも満たない演技力で何の罪悪感も抱かせる事なく誘い出す。そして、花火大会が始まっていいムードになったところで、『あいつ』に告白を……といったシミュレーションをしていた、その時だった。ふいに、俺のスマホが着信音を奏でたのは。
父ちゃんや母ちゃんには、今日の分の畑仕事は朝早く起きて済ませてある事、そして今夜は帰りが少し遅くなるという事を伝えてある。そして、家族以外で登録している連絡先の数もたかが知れているから、俺はもしかしてという思いから一瞬背中が冷たくなった。
「な、直樹……!?」
しまったと思った。確かに直樹を花火大会には誘わなかったが、かといって、LINEで『昨日、パンジーにちょっと多く水をやりすぎたから、今日の水やりは夕方過ぎにしてくれ』とか『ついでに葉が萎れてないか見てくれ。スケッチも頼む』なんて言うのは、あまりにも苦しいだろう。
ああ、俺のマヌケ。こんな事頼んだら、ちょっとでも変に思った直樹が電話をかけてくるかもしれないなんて分かりそうなものだったのに……。
そんなふうに悔やみながら、俺はズボンのポケットからそろそろとスマホを取り出し、液晶画面に映し出されているだろう名前を薄目で見る。すると、そこにあったのは直樹ではなく、『あいつ』の名前だった。
「あっ……!」
俺の頭は、本当に単純だ。直樹への面倒な言い訳などすっかり消え失せ、『あいつ』への軽快な切り出しの為の言葉を紡ぎ出そうとしているのだから。
俺はうきうきとした気分で通話ボタンをタップし、スマホを耳元へと当てた。
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