第27話

「俺、園芸部やるわ」


 次の日の午後。『あいつ』に町の案内の続きをするという名目の下、校庭のベンチで待ち合わせをしていた俺達三人だったが、一番最後に着いたのは俺だった。それでも先にベンチに座って待っていた直樹と『あいつ』に向かってそう宣言すれば、直樹は目を丸くして驚いていたし、『あいつ』に至ってはぱあっと明るい笑みを浮かべて、大げさなくらいの拍手をしてくれた。


「すごい、すごいよ菅谷君!」


 自分の事のようにはしゃぎながら、『あいつ』が言った。


「それが菅谷君のやりたい事なんだね! それで、いったい何を育てるの?」

「あと半年しかないんだから、冬に咲く花をって考えてる。育てやすいのはパンジーかクリスマスローズかな」

「じゃあ、パンジーはどう? 苗を買ってきたら、もっと簡単だと思うけど」

「へえ、分かってるじゃん」


 確か、校舎の横に使われていない花壇があったはず。種から育てるより、どこかで苗を買ってきて植えた方が、俺達が卒業する頃には土に馴染んできれいな花を咲かせてくれるだろう。


 俺と『あいつ』がわいわいと盛り上がっている間、直樹はいつものように物静かにこっちを見やっていた。まるで自分には関係ないですと言わんばかりのその態度に、俺はちょっとばかりむっとして「おい、直樹」と声をかけた。


「お前は美術部な? 俺が育てた花をしっかり描け」

「え?」

「言っとくけど、拒否権はねえから」


 不服そうに顔をしかめる直樹だけど、本当は俺にそう言ってほしかったのだという事くらい長い付き合いで分かっている。だから俺は遠慮なく、ぴしゃりと言い放つんだ。


 正直、直樹のこういうところをちょっとだけもどかしく思っている。『あいつ』の言う通り、自分のやりたい事をやろうと思うのはごくごく普通でありきたりの事で、とても素敵な事だ。それなのに、どうして直樹はそこを押し黙ろうとするのか。


 そんな直樹の頑なさをほぐしたのは、俺じゃなくて『あいつ』だった。


「いいね、美術部! 西本君らしいよ!」


 『あいつ』は真っ白な腕をまっすぐに伸ばして、鉛筆で黒く汚れている直樹の手を何の躊躇もなく握る。俺はその様にちょっとおもしろくない気持ちを抱いたが、そんな事になど全く気付かない『あいつ』はどんどん言葉を続けた。


「西本君、いつもスケッチブック持ってるんだから、絵は好きなんでしょ? だったら美術部やるべきだよ!」

「え、でも……」

「私はね、応援団作る! 園芸部と美術部を頑張る二人専属の応援団!」


 へへっと屈託なく笑う『あいつ』。まだ出会って二日目なのに、『あいつ』は俺達の心の中にするりと入ってきて、欠かせない存在になっていた。

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