第24話

大したものもないというのに、この町を案内してあげなさいという担任の言葉に従い、俺と直樹は高校からの帰り道がてら、『あいつ』と一緒に連れ立って歩き出した。しかし如何せん何もないから、やる事と言ったら通学路であるあぜ道の横に延々広がっている畑や田んぼを指差しながら「ここの畑は深山みやまさんちのもの」とか「このげんじいさんのナスはめっちゃうまいんだよな」など似たり寄ったりの事を言うだけしかなく、正直困った。


 もっと何かおもしろく、話題になるようなものがこの町にあればよかったのに。城跡に連れて行ってもいいけど、女子が必ずしも楽しめるとは限らないし……と俺は頭を悩ませていたが、直樹の奴ときたら手にしているスケッチブックにちらちらと視線を落としていて、さっきからちっとも口を開こうとしない。これでカチンとくるなという方が、無理な話だ。俺は「おい、直樹」と無茶ぶりをする事に決めた。


「お前、何か絵を描いてやれよ」

「えっ……」

「描きたくて仕方ないって顔してるじゃん。せっかくの出会いに一枚描いてやれば?」


 保育園の頃から一緒にいるが、手先の器用さに自信があって大声ではしゃぎながら工作ばかりしていた俺とは真逆というか、直樹はいつも物静かに絵を描いていた。大抵は風景画というか、周りに見える景色をそのまま忠実に描く事を好み、クレヨンから色鉛筆、その次は絵の具と試していき、最終的には鉛筆のみで描く楽しみを見つけたようで、四六時中スケッチブックを手放さない。この日も登校日でなければ、夏休みの宿題そっちのけで一日中描いていたに違いなかったんだ。


 だが、そんな俺の無茶ぶりに言葉を返してきたのは直樹じゃなくて、『あいつ』だった。俺と直樹の間に挟まれるように並んでいた『あいつ』は、俺の言葉を聞くなり「え、何々?」と実に興味津々とばかりに直樹のスケッチブックを覗き込んだ。


「西本君、絵が描けるの? もしかして、美術部?」

「……いや。俺達、部活には入ってないから」


 直樹が緩く首を横に振る。去年の三年生達が引退してから、体育会系の部活は全部なくなってしまったし、それ以前の問題として俺も直樹も部活には入っていなかった。


 直樹は運動音痴なところがあって、特に徒競走に至っては保育園の時から一度だって俺に勝てた事がない。俺も俺で家の畑や田んぼの手伝いがあったし、そっちの方が楽しいと思えたから、部活に入りたいとか考えた事もなかった。

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