第20話
『もう、二度と帰ってこないと思うから』
そう言って、この野郎が俺達の目の前から去っていったのは、高校の卒業式の翌日の事だった。美大ではなく、県外にある普通の大学へ進学するって事は知っていたし、農業で生きていくとガキの頃から決めていた俺とは別々の人生を歩んでいくものだという事も充分すぎるほど分かっていた。でも、だからって許せるはずがねえ!!
「ふざけんなよ、直樹!! てめえ、マジでふざけんな!!」
直樹の襟元を乱暴に掴み、力任せに立たせる。今の今まで体格だけは負けた事がなかったし、農作業でさらに腕力に磨きがかかっていたから、高校の時よりもさらに容易く直樹の体を持ち上げる事ができた。
それと同時に、ばらばらと音を立ててあぜ道の方へと散らばっていくスケッチブックや鉛筆を見て、あの頃から何にも変わっていない直樹にある意味安心したし、また腹も立った。『あいつ』の事、やっぱり忘れた訳じゃねえんだろ? それなのに、どうして……!
「……や、やめて! やめて下さい!!」
踵が浮くくらい持ち上げてやったものの、次はどうしてやろうか。ここはやっぱり一発殴っておく流れだろうかと一瞬悩んでいたら、ふいに俺の片腕に何かがしがみついてきた。甲高い声も一緒になって聞こえてきたから、野ネズミやリスの類ではないだろうと思いながら視線をそちらに向けてみれば、さっき見た女が直樹を助けようと俺の腕に爪を立てているのが見えた。
「お、おいっ。何だよ、あんた……!」
その女が、あんまり色白なものでびっくりした。この辺の同世代の女は大半が農作業をしているから、ここまで真っ白な肌をしている奴なんかめったに見ない。兼業をしている直樹のおふくろさんでさえ、うっすら日に焼けている。ここまで色白なのを見たのは、もしかしたら『あいつ』以来かもしれなかった。
「乱暴はやめて下さい! 直樹、何もしてないじゃないですか!!」
女は直樹の名前を呼びながら俺の両腕を引き離そうと爪を立て続けるが、正直言って、全然痛くない。必死なのは顔を見ればよく分かるんだが、近所の悪ガキどもにしがみつかれてる時の方がよっぽど痛いってもんだ。
その気になれば薙ぎ払う事など簡単だが、いついかなる時でも女には優しくしろ、言葉でも力でも乱暴を働くのはもっての外だというのがうちの母ちゃんの教えだ。だから、直樹の襟元を掴む両手の力をほんの少しだけ緩めて、俺は女の方に顔を向けた。
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