第17話
いったいどこに向かうのかと思ってついてきてみれば、何て事はない。直樹の実家である民宿まで私達を導いてくれたあのあぜ道だった。
早朝という事もあってか、あぜ道の周りの田んぼや畑ではたくさんの農家の人々が稲や作物の手入れに勤しんでいる。時々、私達が横を通り抜けていく事に気付いた何人かが「おーい、直樹~」と声をかけてきた。
「何だよお前、帰ってきてたんか? 大学はどうよ、楽しんでるか?」
「うん。まあまあやってるよ」
「えらいべっぴんさんを連れてるなあ。仲人が必要になったら言ってくれや」
「やめてくれよ、朝っぱらから」
どことなく砕けた感じで返事をする直樹を見て、やっぱり違うなあと思う。
きっとこの人達は、ずっと直樹の事を見守ってきてくれていたんだろう。それこそ直樹が生まれてきてから、小さな子供時代を通り越し、小学校や中学校、そしてこの町を離れる高校卒業までをずっと。
そりゃあ、たかだか一年半ほどの付き合いでしかない私とは濃さというか密度というものが違うよね……と卑屈になって押し黙っていたら、ふいに先を歩いていたはずの直樹の背中にぼすんと鼻先がぶつかった。
何だと思って顔を上げてみたら、直樹はあぜ道の真ん中でぼうっと突っ立っている。周りはちょうど田んぼや畑が少し途切れている箇所に差し掛かっていて、気さくに話しかけてくる農家の人達の姿もなかった。
「直樹? どうしたの?」
突っ立ったままの直樹に話しかける。直樹は静かに首を振りながらあたりを見渡していたが、やがて「うん、やっぱりここだな」と呟くように言うと、そのままあぜ道の脇の所にどかりと腰を下ろし、スケッチブックを広げ出した。
「ここで描くの?」
できるだけ土や汚れた草がない所を選んで、私も直樹の横に座る。直樹は小さく頷いただけで、右手はもういつものように鉛筆の先をスケッチブックの上に滑らせていた。
「ここだった。ここでいつも、『あいつ』は……」
ぶつぶつと聞き取れるか聞き取れないかくらいの大きさの声で何度もそう繰り返しながら、直樹はあの少女の顔を描いていく。その目は隣にいるはずの私の方には一切向けられる事なく、白いスケッチブックの画用紙の上に黒一色で現れていく少女だけを見つめている。私は自分の中の嫌な感情を必死に抑え込んだ。
もう、いい加減慣れなさいよ。直樹のこんなところを見るのは初めてじゃないでしょ。むしろ、この子の絵があったからこそ私達は出会えたんだし、私は直樹を好きになった。直樹が本当に好きなら、私はこの子に感謝こそすれ、嫉妬するなんて事は絶対に――。
そんな時だった。ふいに、直樹が持つスケッチブックにすっと大きな影が入ったのは。
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