第13話

「こちら手前が男性用のお部屋、そして廊下の奥の方にあるのが女性用のお部屋になります」


 玄関口から入って、ちょっと廊下を進んだ先に素晴らしい模様の襖が続く大部屋がいくつか見えてくる。その最初の襖の横に『星橋大学渋川ゼミ御一行様』と書かれた札がかかっていて、直樹の母親――いや、お母さんがそこを開ければ、イグサのいい香りがする二十畳以上の広い畳の部屋が私達を出迎えた事で、思わず「わあっ……!」と感嘆の息が漏れた。


「渋川先生も来ればよかったのにね」


 ゼミの女の子の一人がそう言ったが、それに被せるようにもう一人の女の子が「いや、それはない」と返した。


「あの研究オタクな先生の事だもの。民宿に泊まるどころか、下手したら城跡の近くにテント張り出しかねないって。私達の平穏なレポート作りの為にもお留守番してもらうのが一番だわ」


 確かにその通りかも。部外者の私でも知っているくらい、渋川先生の自他共に強いる厳しさは有名だ。そんな思いについ苦笑いを浮かべていたら、大部屋が続く廊下の手前にある急角度の階段に向かって、自分の荷物を持った直樹が昇っていく様が見えた。


「直樹? どこ行くの?」


 ついというか、ほぼ反射的に呼び止めてしまった。そんな私の声に直樹はぴくりと肩を揺らした後でこっちを振り返る。実家に帰ってきたのだから少しは気が緩んでくれているものかと期待していたけど、やっぱり仏頂面で無愛想のままだった。


「……俺の部屋、二階だから」


 直樹がぽつりと答えた。


「皆、慣れない移動で疲れただろ? 夕飯の時間になるまでゆっくり休んでろよ。自慢じゃないけど、母さんの炊き込みごはんは絶品だから」


 ギイ、ギイと階段を軋ませながら、二階へと昇っていく直樹。そんな息子の背中に向かってお母さんが「ちょっと直樹、あんたの部屋まで掃除してないからね」と言ったが、直樹は何の返事もしなかった。


「全く……皆様、本当にごめんなさいね。我が子ながら無愛想極まりなくて。たくさんご迷惑おかけしてるでしょう?」


 階段の上と私達の方を交互に見やりながら、お母さんがそう言う。誰もバカ正直に「はい、レポートが遅れてて迷惑してます」なんて言うはずないから、ゆるゆると首を横に振るだけだ。そんな皆の反応を察してか、お母さんは「息子の言う通り、今夜は絶品の炊き込みごはんを振る舞いますからね!」と明るく言ってくれた。

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