第12話

星橋せいきょう大学渋川ゼミの皆様、ようこそ。遠い所、よくいらして下さいました」


 田んぼと畑ばかりのあぜ道をひたすらまっすぐ突き抜けた先は、意外にも普通の家々が建ち並んでいて、私達はまた唖然となった。


 田舎で農作業を生業としている人達の家ときたら、ひたすら横に長くて古い平屋建てばかりで、その隣にあるのは牛とか豚とか鶏なんかがいる家畜小屋かビニールハウス。年季の入ったトラクターを乗用車代わりに使っているといった勝手なイメージばかりが頭の中にあったけど、実際は三階まであるきれいな外装の家も見えるし、大きなガレージに素敵なファミリーカーが納まっている家や色とりどりのガーデニングを誇る庭付きの家だってある。


 無意識に田舎という場所やそこに住まう人達を小バカにしていたんだなと反省しつつ、直樹に連れられて辿り着いたのは、そんな家々に囲まれるかのように、町の中心部分に建っている風情豊かな二階建ての木造民宿だった。


 先のようにあいさつしながら民宿の玄関口に出てきてくれたのは、少し長めの髪をアップにまとめた五十代くらいの女性だった。少し日焼けしていて指先もちょっと荒れていたけど、柔和な笑顔がとても素敵で、淡いピンクの和服によく似合っている。そして次の彼女の言葉には、ずいぶんと驚かされた。


「うちの愚息が、大変お世話になっておりまして。数日の事ではありますが、そのお礼がてら、しっかりとおもてなしさせていただきますね」


 その言葉に、私と美雪、そして渋川ゼミの皆が一斉に直樹を振り返る。そういえば民宿に着いた途端、それまでずっと先頭を歩いていた直樹がいきなり私達の後ろに回り込んだ時には「ん?」と思いはしたけれど。


「……ここ、俺の実家だから」

 ばつが悪そうに、少し間を空けてから直樹がそう言った。





 民宿とはいうものの、実際にその形で営業していたのは直樹の祖父母の代までだったそうで、今は農業をする傍ら、町の人達の為の憩いの場所として部屋を提供する事が多いのだと、直樹の母親である和服の女性が部屋までの案内がてら、そう教えてくれた。


「大抵は近所のおじいちゃん達が囲碁をしたり、仕事仲間が休憩でお茶をしに来たり。ああ、そうそう。年に一度の夏祭りや豊作祭とか催しの準備の時にも使ってもらってるんです。皆様がいらっしゃるというから頑張って掃除したんですけど、古い上にあんまりきれいじゃなくてごめんなさいね?」

「いえいえ、そんな事ないですよ。むしろ大勢で押しかけてしまって、こちらこそすみません」


 渋川ゼミのリーダーである美雪が慌てて片手を横に振りながらそう言うのに合わせて、私や他の皆もうんうんと頷いた。


 確かに周囲の家々に比べれば古さは残っているし、歩くたびに廊下も軋んで少し音を立てるけど、木造建て特有の心地いい木の香りがそこかしこから漂ってきてるし、全体的にこげ茶の色合いが続くシックな壁色もさらなる風情が出ていて、居心地がいい。この家で直樹は高校卒業までを過ごしたんだと思うと、私はまだ知らない彼の一部分に触れられたような気がして、嬉しくなった。

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