第11話

「宿のチェックインまで時間ないんだから、少し急いで。それに人様の土地の横を通らせてもらってるんだから、むやみやたら騒いだり写真撮るのは控えなさいよ。西本の面子が立たなくなるでしょ」


 美雪のこういうところ、私はとても好きだ。彼女にとって、直樹という存在は私を大いに悩ませているひどい男という認識が強いはずなのに、だからといって露骨に嫌な態度を取ったり、度が過ぎる物言いをしたりしない。今回のこの合宿だって多少強引ではあったけれど、直樹がレポートを出さずにいるっていう正当な理由があって、決して嫌がらせをしている訳じゃない。


 それどころか、私達の仲がこれ以上危ぶまれる事がないように配慮してくれたし、今も直樹の地元であるという事を気に留めて、皆を注意してくれている。

 そんな彼女に、高校時代からどれだけ助けてもらっていた事か……と思いふけっていれば、ふいに足を止めて「いいよ、大丈夫」と肩越しに振り返りながらそう言ってくる直樹の声が聞こえてきた。


「ここらの畑の人達は顔なじみばかりだし、俺も高校までここら辺を同じくらいはしゃいで通ってたから」

「え……?」

「……何か懐かしいな、こういうの」


 ふっと唇の端を微かに持ち上げ、苦笑いを浮かべる直樹。他の皆はそんな直樹の表情に気付いていないようだったけど、私と美雪はとても信じられないようなものを見た気持ちでいっぱいになった。


「葵生、今の聞いた……?」


 美雪が、少し震える声で尋ねてくる。私は「うん」と小さく頷いた。


「……直樹の口から、はしゃぐなんて言葉が聞けるなんて」

「全く想像つかないんだけど。西本のそんなところ、見た事ないよね?」

「うん」


 私はまた頷く。思えばカラオケとかボーリングとかゲーセンとか、そんな所にすら一緒に行った事がないから、直樹がどんなふうにはしゃぐのかなんて私は何も知らない。知っているのは、いつもの仏頂面で無愛想なところだけだ。


 あぜ道の先を再び歩き出した直樹の背中を見ながら、つい考えてしまう。あのスケッチブックの中の少女は、そんな直樹の明るい部分を知っていたのだろうかと。そう思ったら、また少女に対して嫌な気持ちが湧き上がってしまった。

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