第9話

二週間後の早朝。私は直樹と美雪、そして渋川ゼミに入っている他の数人と一緒に、始発の長距離バスに乗った。直樹の地元が四時間も離れた先にあるだなんて知らなかった。


 連休をフルに使うという美雪の提案のおかげで、四日もコンビニのバイトを休む羽目になり、店長はずいぶんと渋い顔をしてみせたが、「まあ、学生の本文は勉強だからね……」と何とかOKをもらえた。その事を美雪に話せば、悪びれるどころか「バイトより、西本の方が大事でしょ!」なんて発破をかけるような物言いをするんだから、全く我ながらいい親友を持ったものだと思った。


 特に旅行シーズンという訳でもないし、時間帯のせいもあって、長距離バスの中は私達の他にほとんど客は乗っておらず、実質貸し切り状態だった。それにかこつけて、渋川ゼミの皆は最初こそわいわいとマナー知らずに騒いでいたものの、朝早くの集合で眠くなったのか、一時間と経たないうちに静かになってしまった。


 一つ前の席に座っていた美雪もすっかり寝入ってしまい、すうすうとかわいらしい寝息が聞こえてくる。逆に私は車の移動中で眠れるたちではないからしっかりと目が冴えてしまっていて、皆の寝息とバスのエンジン音が静かに響く空間の中、少し居心地悪く座っていた。


 そんな中、それらにふいに混じるようにシャッ、シャッと聞き覚えのある音が後ろの方から聞こえてきて、私はリクライニングの背中越しにそうっと振り返ってみた。すると、一番後ろの席に座っていた直樹が私や皆の方には一切目もくれず、いつものようにスケッチブックに鉛筆を走らせているのが見えた。


 ああ、やっぱり。あんなに美雪から「持ってきちゃダメだからね?」と念押しされていたのにと、私はため息をついた。


 美雪がこんな強引な提案をするくらいだ。きっと直樹は、ゼミでの活動中でも何かしらぱっと思い付いてしまったら、スケッチブックと鉛筆を手に取ってしまっていたんだろう。


 直樹は仏頂面で無愛想ではあるけれど、決して空気が読めない鈍感な人間ではない。ゼミの活動をほったらかしにする事がどれほど皆の迷惑になるかだなんて、そんな事は充分過ぎるほど分かっているはずだ。


 それでも直樹は、その手を止めない。描かずにはいられないほど、あの少女に夢中になっている。


 私は直樹の鉛筆の音を聞きながら、ずっとあの少女に嫉妬していた。

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