第5話

「いや、二人のペースがあるって事くらいは分かってるし、私も余計な茶々を入れるつもりもないんだけどさ」


 美雪が手に持っているスプーンを軽く振り回しながら言った。


「仮にも花の大学生カップルが一年以上も付き合ってるのにキスはおろか、まともに手を繋いだ事すらないとか、それこそあり得ないでしょうが!!」

「ちょっ、声が大きいってば」


 夕方に近い時間帯だけあって、そろそろファミレスの中も混み合ってきた。早めの夕食を済ませようとしているのか、小さな子供のいる家族連れが近くのボックス席に座るのを視界の端に見て取った私は、慌ててテーブル越しに片手を伸ばして美雪の口を塞ぐ。その際、彼女の唇の端に残っていたチョコが手のひらにくっついて、甘い香りが微かに漂った。


「むぅ~、ひゃってぇ~……」


 目とくぐもった声色だけで不満を訴えてくる美雪に、私は「ありがとう、でも大丈夫」と言いながら手を離す。かすれるような形でくっついていた手のひらの中のチョコは、何だか今の私と直樹のようにも見えた。


「直樹が人一倍淡白なだけで、別にこれでさよならって訳じゃないんだし」


 テーブルの端に備え付けられていた紙ナプキンを手に取り、私達に似ているそのチョコを拭う。


「それに、直樹の言う通りだよ。今時ビデオ通話なんてやり放題なんだから、いつでも連絡取れるし。ただ、今みたいに会えなくなるってだけで」

「……」

「そもそも留学してみたかったっていうのは嘘じゃないしね。せっかく背中を押してもらえたんだから、遠慮せずに行こうかなって今は思ってるの」

「それ、本気で言ってる?」

「え?」

「本当は、止めてほしかったんじゃないの? 『何、勝手に決めてるんだよ』とか『もっと一緒にいたいのに』とか言ってほしかったんじゃない?」

「……」

「いや、西本じゃ無理か」

 

 美雪は空になったパフェのカップにスプーンを投げ込むように置きながら、ため息をついた。


「いまだに『好きだ』のひと言も言ってくれないような奴が、そんな洒落た事言えるはずないもんね」


 私は、美雪のその言葉に何も返す事ができなかった。

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