第4話

『……俺の絵に、何か用?』


 今と変わらず、ぶっきらぼうな口調と仏頂面でそう話しかけてきた直樹は、どうして私がそこにいるのか分からないといった具合だった。後から知った話だけど、この時の直樹は別に美術サークルに所属していた訳ではなく、たまたまこの少女のデッサン画を描いているところを箕島君に見られて、そのまま強引に美術サークルの部長さんを紹介されたという。そして流れのまま、絵画コンクールに出品する運びとなり、特別賞を得る事になったのだと。


 じろりといぶかしむように見つめてくる直樹のその視線に私は何だか居たたまれなくなって、少女の絵から目を離した。それでも何故か掲示板の前から離れる事ができなくて、少し間を空けてからこんな事を言ってしまっていた。


『この子があんまり素敵だったから、つい見とれちゃってて……』


 我ながら、何て稚拙な言い方だろうと余計に恥ずかしくなった。直樹がすぐに何も言ってくれなかったから、なおさらだったと思う。もうダメだ、早く行ってしまおう。そう思いながら、何とか片足だけを一歩後ろに下げたその時だった。


『ありがとな』


 ……今思えば、あれが最初で最後だったかもしれない。直樹の照れ臭そうで、それ以上に嬉しげな満面の笑みを見たのは。そんな彼に対して、少女の絵同様に心惹かれたのも一瞬だった。


 しばらくは友達として交流を深め、次の冬休みに入る前に私の方から告白した。直樹は、さっきの食堂の時と同じように両目を大きく見開き、たっぷり時間をかけてから『……何で?』と返してきた。


『何で、俺なの?』

『直樹を好きになったから』


 私の言葉に、直樹はほんの少し顔を背けて目を伏せる。直樹の右手にはいつも持ち歩いているスケッチブックがあって、その中身が全てあの少女のデッサンで埋め尽くされている事を知っているくらい、私は彼の事を見てきたつもりだった。


 目を伏せているというより、そのスケッチブックに視線を落としていると言った方が正しいだろうか。少しの間そうしていた直樹は、やがてゆっくりとした口調で『分かった』と答えてくれて、私達二人の交際は始まった。それなのに。


「西本って、本当に彼氏らしい事しないよね!」


 美雪にそう言われて、一気に記憶の波から引き戻される。見れば美雪のチョコパフェの中身はほとんどなくなっていたし、私のアイスコーヒーも中の氷が解けたせいで色が少し薄くなっていた。

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