第3話
「何、それ。
全部の講義が終わった後、大学に一番近いファミレスの前で高校時代からの親友である
「仮にも自分の彼女がそんな超大事な話をしてるっていうのに、顔色一つ変えないとかどういう事!? しかも他の男を宛がうような事まで言うとか、どこまで無神経なのよ!!」
「大丈夫だよ。直樹のああいうところは、今に始まった事じゃないから」
「葵生ったら優し過ぎる、だから西本が付け上がるんだって」
私が知っている限り、直樹の名字を呼び捨てにする女の子は美雪だけだ。他の子はほとんど「西本君」としか呼ばないし、そもそも直樹のああいう性格を分かっているせいか、本当に必要最低限でしか話しかけようとしない。だからだと思うが、私と直樹が付き合い始めた当初、誰もがかなりびっくりしていたし、美雪に至っては開いた口が塞がらないとばかりだった。
『……ねえ、何で西本なの? 葵生って、そんなに男の趣味悪かったっけ?』
一年以上経っているが、今でも昨日の事のように美雪にそう尋ねられた時の事を思い出せる。確かに、私の理想の男性像は屈託のない笑みがよく似合う明るい性格の人で、直樹はそれとは全くの真逆だ。
でも、そんな直樹に惹かれたのは、今から一年半前。夏休みの直前、うちの大学の美術系サークルのメンバー達がどこかの絵画コンクールに応募し、それぞれ受賞した作品を構内で一番大きな掲示板に展示していたのがきっかけだった。
中学、高校と美術の成績なんて最悪だった私には、その掲示板にびっしりと並べられた水彩画や油絵達が魅せる技法の素晴らしさとか、筆遣いの繊細なタッチ具合なんてものは全く推し量る事などできない。でも、たまたま掲示板の前を通りがかったあの日、それらの真ん中あたりに鎮座していた一枚の絵を見た瞬間、一気に心を奪われた。
他は彩りの深い風景画やオリジナリティ溢れる抽象画ばかりの中、それらに囲まれるようにして飾られていたのは、一人の少女を描いた鉛筆画だった。
黒一色しか使われていない絵だったが、山あいに沈む夕日の中、高校生くらいに見える少女が肩越しに振り返るようにして佇んでいるという様が、美術に疎い私でもよく分かるくらい鮮明に描かれていた。山の木々に連なっている葉の葉脈まではっきり見て取れるほど細かいタッチの中、ワンピースを着た少女は儚くも優しい笑みを浮かべて、絵の中からこっちを見ている。
『特別賞』という札がかかったその絵は私の足をしっかりと留めてしまい、しばらくの間、目を離す事ができずにいたそんな時だった。初めて直樹と話をしたのは。
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