第2話

「他には? 他に、何か言う事はないの?」

「他に?」


 直樹は不思議そうに首をかしげてみせる。どうして私がそんな事を言い出すのか、心底分からないと言わんばかりだ。私はさらに言葉を続けた。


「留学の概要は知ってるよね? 一年だよ? 一年間、アメリカの姉妹校に行っちゃうんだよ?」

「うん、知ってる。俺と同じ学部の箕島みしまって奴、覚えてるよな? 箕島も確か希望出してたと思う。もし、一緒になる事があったらよろしくな。面倒見のいい奴だし、きっと葵生も気に入るよ」

「何、それ……」


 違う、全然違う。さっきから直樹は私の期待していたものとは全く正反対の言葉ばかりを紡いでくる。どうして? どうして、ほんのちょっとも不満に思ったりしないの? どうして、たったのひと言も嫌がる言葉を口にしてくれないの……?


「反対じゃないの?」


 私は言った。


「私、ひと言の相談もなしに勝手に留学するって決めたのに、直樹は反対しないの? 怒りもしないの?」

「どうして?」

「どうしてって……」

「葵生が決めた事を、俺がとやかく言う権利も資格もないと思うんだけど」


 そう答えて、またラーメンを啜りだす直樹。権利も資格もないって、あまりにも他人行儀だ。仮にも一年以上付き合ってきた彼女から決して簡単には済ませられない話を切り出されたというのに、こんな時でさえ仏頂面を崩す事がないなんて……。


「確かに留学中は会えないだろうけど、話までできなくなる訳じゃないだろ?」


 二枚目のチャーシューで麺を挟み込むが、それを口の中に入れる前に直樹が言った。


「国際電話があるし、パソコンでビデオ通話だってできる。何かあったら、いつでも連絡してくれていいよ」

「……」

「何だよ、今からそんなに不安がって。葵生の将来に役立つ為の留学なんだから、少しは浮かれたって罰は当たらないだろ」


 だから、違うんだってば。私が聞きたいのは、そんな言葉じゃない。直樹の、その仏頂面の奥にある本当の気持ちが聞きたいのに……。


「もう、いい」


 私は席からすっと立ち上がると、そのまま直樹に背を向けて歩き出した。直樹はまた不思議そうに「おい、葵生?」と声をかけてきたけど、私は振り返らなかった。


「もったいないから、私の分のラーメンも食べといてくれる?」


 食堂の中のざわめきに紛れちゃってたから、直樹に私の声が届いていたかどうかは分からない。でも、ついさっきまで心臓の音が聞こえなければいいと思っていたのに、今は急激に過敏になった鼻を啜る音がかき消されてくれていた事がとてもありがたかった。

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