第116話

「かなり年は離れてるけど、松永は生まれた時からの付き合いだし、もう一人の兄さんって感じは確かにするよ。これまでどれだけ助けられてきたか分からないし、松永がいなかったら僕が兄さんを見つける事なんて永遠に叶わなかったと思う」

「何をおっしゃられますか、智広様。全ては智広様の努力の賜物、私の力などかすみにもなりません」

「ほら、またそんな事を。お父さんの代から佐嶋家に仕えてくれてるのに、霞な訳ないじゃないか」


 謙遜がすぎる松永の返答に、智広が少し不機嫌な様子を見せる。拓海は、そんな智広の言葉の方が何故か気になり、つい聞いてしまった。


「……父親の代から?」

「え?」

「そいつの親も、お前んちの執事やってたのかよ」

「うん、そうだよ」


 特に隠し立てするような事でもないと思ったのだろう、智広はピザを全て平らげてからこくりと頷いた。


「僕が生まれる前に亡くなっちゃったみたいだから、直接会った事ないんだけど。松永のお父さんは僕の両親に仕えてくれてた執事で、それ以前に父さんの親友だったんだって」

「親友……」

「うん。それで松永は、亡くなったお父さんの後を継いでうちの執事になってくれて。トメさんもそうだけど、松永には本当に感謝しきれないくらいに感謝を……。松永?」


 楽しそうに話を続けていた智広だったが、ふいに静かになった背後が気になって振り返ってみれば、そこには昨日の智広以上に顔色を悪くしている松永がいた。


 両膝の上に置かれたこぶしは小刻みに震え、唇までどこか血の気が失せているように見える。その目は拓海も智広も映していず、じっと自分の足元ばかりを向いていた。


「おい、どうした……?」

「……松永?」


 いつもと全く様子が違うその姿に、拓海と智広は同時に声をかける。二人のその声に、松永は数拍遅れてハッと気付いた。


「あっ……申し訳ございません、ついぼうっと」

「大丈夫? 松永の方が疲れてるんじゃない? それともやっぱりおなかすいてるんじゃ」

「いいえ、決してそんな事は」

「遠慮しないで言ってよ。さっきも言ったけど、僕は松永を本当の家族と思ってるんだから。兄さんもそう思うでしょ、ね?」

「何で俺に同意を求めるんだよ」

「最初に話を振ったのは兄さんでしょ」

「知るか」


 自分の事でやいやいと言い合いを始めた二人の兄弟を見て、松永は涙がこみ上げてきそうになるのをぐっと堪えた。


 我慢だ、我慢しろ。絶対にあの事・・・だけは、この二人に知られてはいけない。もし知られたら、二人は決してあの夫婦を、そして俺自身を許さないだろう。永遠に自分達の出自を呪って、二度と幸福を得られなくなる。


 いまだ弟をそうだと認めなくても、少しばかりは話をしてくれるようになった兄。そして、本来ならば味わう必要のない苦痛と苦労を抱えながらも、健気に兄を慕う弟。


 この二人がこれからゆっくりと築き上げていくだろう幸福は、誰にも壊させない。絶対に守り切ってみせると、松永はずっと昔より抱いてきた誓いを改めて心に刻んだ。

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