第112話
それでも、何とか体を起こして、シャワーを済ませる。今日だって出勤しなければならない、二日酔いは『Full Moon』に行く途中でいくつかあるコンビニか、もしくはドラッグストアあたりで何とかすればいい。
そう思いながら、のろのろと着替えをし始めた時だった。ベッドの上に置きっぱなしになっていたスマホが着信を知らせて震え出したのは。
液晶画面を覗けば、名前の表記すら出ていない。つまり、全く覚えのない番号だった。だが、だからといって、ここで出ないという選択肢は拓海にはなかった。
もしかしたら、登録し忘れていた客の誰かかもしれない。もしかしたら、番号を変えたからと知らせに来た太客の誰かかもしれない。もしかしたら……。
とっさにそのような事を何通りも考え、拓海の指は躊躇なく通話ボタンをタップする。すると、今は全く聞きたくなかった男の声が聞こえてきた。
『……ああ、出たな。起きていたか』
「お、前っ……!」
昨日の今日で、いったいどういうつもりだ。そう言い切りたかったが、ぐうっと言葉が詰まってしまってうまく言えなかった。それに気付いたかどうかは分からないが、電話口の向こうの相手――松永は、いつもの調子で話を続けた。
『少し、時間はあるか?』
「あいにく、お前らの為に割いてやる時間はねえ。これから仕事だ」
『そう長く時間は取らせない』
「聞こえなかったか? そもそも、もう俺に関わるなって言っただろ」
『……』
「二度と電話してくるんじゃねえぞ」
ぴしゃりと拒絶の言葉だけを告げて、拓海はその指を終了ボタンへと近付けていく。だが、あとほんの数ミリで触れるかという刹那、それまで落ち着き払った様子だった松永の口調が変わった。
『昨日はすまなかった!』
「は……?」
拓海の指が、ぴたりと止まる。指を宙に浮かせたままの状態で、思わず聞き返してしまった。
おっさんの奴、今謝ったのか? あいつ以外でそんな殊勝な態度見せてこなかったくせに……。
名前の表記もない番号だけを映した液晶画面を、じっと見つめる。テレビ電話じゃないのだから、あっちの顔なんて見えやしないのは分かっているのに。それでも、向こう側にいる松永がどんな顔をしているか知りたくて、拓海は液晶画面から視線を外せなかった。
『確かにお前達の都合や条件を聞きもせず、勝手に話を進めてしまっていたな。電話越しで失礼極まりないが、それに関してはここで詫びる。申し訳なかった』
「……」
『だが、これだけは弁明させてほしい。智広様に悪意は一切ない。昨日も言った通りだ。ただひたすら、お前とお前に関する全ての人達の幸せを願っておられる上での行動だと、それだけは理解してやってくれ。頼む……!』
電話口の向こうで、大きく息を吸い込む音が聞こえた。もしかして、泣いてるのか?
そう思ったら、拓海は智広を少しうらやましく思った。
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