第109話
「これらの事案は、全て智広様がお一人で試行錯誤の末に練り上げられたものだ」
松永の言葉を聞きながら、拓海はパラパラと書類をめくり上げる。ミチも拓海の隣に立って一緒に読み始めた。
ずいぶんと小難しい要項ばかりが書き連ねられていたが、簡単にその意図を汲み上げるとするならば、先ほども智広が言っていた通り、佐嶋グループは近いうちに様々な事情で困窮している子供達への援助を主な活動とした児童福祉支援の取り組みを始める。その手始めとして、まずは養護施設の運営権を一度買収し、佐嶋グループの傘下という形を取る。その後は特にスタッフの入れ替えや施設に在籍する子供達の移動などを行う事なく、これまで通り運営を続けていくものとする――といった三つの事案を、すぐに理解する事ができた。
「これってつまり、佐嶋グループ……いや、あいつが名義上のオーナーになるって事か?」
「そうだ、その書類には建前としていろいろ書いてはいるが、実際のところ、智広様は一切口を出すつもりはない。せいぜい、資金援助をなさるくらいだ。そしてこれらの事案の第一号モデルとして『太陽の里』を選ばれた」
「……っ!?」
「この意味が分かるな?」
松永は一度も目を離さずに、拓海を見つめ続ける。だが、拓海はふいっと目を逸らし、持っていた書類の端をぎゅうっと握りつぶしてしまった。
あいつが、『太陽の里』を支援する? じゃあ、これまで俺がやってきた事は? 俺がずっと『natural』でNo.1をキープし続けて支えてきた『太陽の里』を、これからはあいつが……?
もしかして、今日のロマネもその伏線だったのか?先生が入院したのを幸いに、ちょっとずつ外堀を埋めてきて……。
「……分かんねえな」
ミチが持っていた分の書類を乱暴に引ったくり、拓海はそれらを松永に突き返す。反射的に松永がそれを受け取れば、そのはずみで右頬に当てていたハンカチが力なく三人の足元へと落ちた。
「何、勝手に話を進めてんだよ」
拓海が言った。
「あそこは、先生と奥さんの家だぞ。俺やミチが育った
「智広様は、お前達から『太陽の里』を取り上げるつもりなどさらさらない。むしろ、何もかもをいい方向に持っていこうとされている。少し調べさせてもらったが、『太陽の里』は老朽化も進んでいるし、何より人手不足だろう。智広様にお任せすれば、スタッフの増員や施設の増築――いや、この際改築になるだろうが、何もかもを全てうまくやっていただけるんだぞ」
「それが一番気に食わねえって言ってんだ!!」
拓海の怒鳴り声は宙の中を一気に駆け巡り、空気を震わせた。それほど怒ってるんだと、ミチは自分のすぐ隣からビリビリと伝わってくる空気を、全身の肌で感じた。
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