第105話

「……いやあ、実に素晴らしいスピーチでしたよ社長。亡き先代や奥様も、きっとお喜びの事でしょう」

「社長さえいていただければ、佐嶋グループはこれからも安泰ですな。はっはっは!」


 智広の挨拶が終わって、もう一時間以上は過ぎている。だが、その間、智広の周囲には二回り近く年の離れた壮年以上の男性達が常に群がり、非常に分かりやすいおべっかばかりを吐き続けているので、拓海は何度目かも分からなくなった舌打ちをまた繰り返した。


「お行儀悪いですよ」


 すぐ隣に立っている朝比奈由紀子が、嗜めるように言った。


「『Full Moon』No.1ホストのあなたが、そんなしかめ面してたら目立って仕方ないでしょう」

「大丈夫ですよ。どうせ見知った顔なんて」

「それはどうでしょう。ほら、あそこにいるのなんて」


 そう言葉を続けた由紀子の視線を追ってみれば、ずいぶん離れたテーブルの側で何人かの男達と談笑をしている細身の女がいた。オレンジ色のタイトドレスがよく似合うスタイル抜群のその女は、思いっきり見知った顔であった。


「この前のセミヌードグラビアの時の……」

「モデルのアイカさんですね。もしかしたら智広さん、気を利かせたつもりなのかも」

「余計な事を。あれから何度か店に来てくれたけど、連絡先交換しろってうるさくて」

「あら、彼女はいいお客さんになれませんか?」

「ああいうタイプは、ちょっと厄介なんです」


 アイカに見つからないようにと、拓海はラウンジの壁に沿うようにしてテーブルから離れる。由紀子はすかさず後を追ってきた。


「この間の取材、俺を紹介したのはあいつでしょう?」


 由紀子がついてきているのを背中越しに察して、拓海が口を開く。すると、由紀子は躊躇なく「はい」と答えた。


「せめて雑誌の中だけでも、兄の横に並んでいたいと。そんなふうにおっしゃるものですから、ついかわいく感じてしまい、そのように手配してしまいました」

「……あいつ、朝比奈さんにもそんな妄言を。俺は、あいつの」

「妄言じゃないと思いますよ」


 ぴしゃりと言葉を遮られ、拓海は思わず足を止めた。智広を必要以上に褒めちぎる年嵩としかさ連中のあまり上品とは言えない笑い声が、ここまで響き渡ってくる。それにかき消されそうなくらい小さい声だったが、それでも由紀子の声は確かに届いた。


「は……」

「詳しい経緯は聞いてませんけど、拓海さんを兄だと言っていた智広さんは、とても生き生きとしておられました。兄がいるから、僕は何だってやれるし、何事からも逃げだしたりしないと息巻いてたくらいです。あんな顔見たら、とても妄言だなんて思えませんよ」

「……」

「逆に、どうしてそこまで拒絶を?」

「取材ならお断りです」


 どうしてだって?そんなの決まってるだろう。その方がお互いの為だからだ。


 だが、拓海の口からこの言葉が決して出る事はなかった。

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