第103話
立食のビュッフェ形式を取っているのか、ラウンジの至る所に設置されている数々のテーブルの上には、様々な高級料理が並べられていた。それらの中から、ステージに一番近いテーブルの横を陣取った拓海は、ボーイが運んできたワイングラスを一つ手に取る。グラスの中で揺れる色合いとふわりと鼻孔をくすぐってきた風味に、すぐ先ほど自分が運んできたロマネだと分かった。
本当は、あのトメばあさんが慌てふためくような事をしなくても、この程度のワインくらいあいつならどうとでもなったんじゃないかとふと思った。いくら発注先が逃げたとしても、これだけたくさんの著名人を呼べるほどの力があるんだ。他に当てを探すくらい、何て事はなかったはず。少なくとも俺に――ましてやホストクラブに頼る必要性はなかっただろう。
そうまでして、俺との関わりを保っていたいのか?いい年した男が、しかも強い財力を持つグループのトップを担っている奴が、まるで駄々をこねるクソガキみたいじゃないか。思わず、ふうっと長いため息が漏れ出た。
その時、拓海の耳に一、二度マイクの割れるような音が届いた。反射的にステージの方に顔を向ければ、壇上にこのパーティーの進行役と思しき若い女がマイクの前に立っていて、スポットライトのまぶしい光を浴びていた。
「皆様。本日はお忙しい中、佐嶋グループ新事業設立記念パーティーに足をお運びいただき、誠にありがとうございます。今宵は、社長自らが発案しました新事業の一つとなります造船業を意識致しまして、このような場を設けさせていただきました。お時間の許す限り、優雅なひと時をお過ごし下さいませ」
造船業。その言葉だけで、拓海が驚愕するには充分だった。
詳しい知識など全くの皆無だが、そんなおぼろげな想像力をフルに働かせれば、それがどれほどの規模を誇るかなど何となくでも分かる。そんな一大プロジェクトのような事にまで着手しようとは、どれだけグループの幅を広げるつもりだ、あいつは。
兄さん、兄さんと必死になって自分を追ってくる姿しか知らない拓海にとって、今のように紹介される智広はまさに別世界、別次元に生きる人間だった。そのような男が自分の弟? 改めて信じられないし、認めたくなかった。
手の中に収まっているワイングラスを落とさないようにするのに精いっぱいになっていて、進行役の女性が佐嶋グループについてあれこれと説明していたが、全く耳に入ってこない。まるで水の底にもぐっているかのような気分だ。
松永の言っていた事など無視して、着替え用にと用意してくれていたあの客室に戻ってしまおうか。そう思った時だった。何故か急に聴覚がクリアになって、進行役の言葉が飛び込んできたのは。
「それでは、我が佐嶋グループが誇る若き二代目社長。佐嶋智広がご挨拶致します。皆様、盛大な拍手でお迎え下さい!」
進行役を照らしていたスポットライトが、一気にラウンジの出入り口の方へと矛先を変えて、そこに立っていた男の姿を映し出す。堂々と社長然とした立ち振る舞いと表情を見せる智広がいた。
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