第101話

『……まあまあ。キャッチと同伴とアフターを一気に済ませてるもんだと思えばいいじゃねえか。ギャラは弾むし、兄弟水入らずでたまには楽しく過ごせ』


 どういう事だと電話してみたら、賢哉はいつもの調子でけろりとそう言ってのけると、じゃあなとばかりに早々と通話を切ってしまった。


 ツーッ、ツーッとスピーカーから聞こえてくる不通音に、血管のどこかが切れてしまいそうだと拓海は思う。いや、実際切れてもおかしくないと思えるくらいには腹立たしくなっていた。


 また金を使いやがった。また財力って奴にものを言わせて、俺の行動に制限をかけやがった。その事がどうにも歯がゆくてたまらない。家族とか兄弟とかって、そういうものじゃないだろうに。


 今度という今度こそは文句を言ってやらないと気が治まらないと、拓海は宛がわれていた客室の中から飛び出る。だが、それと同時に正面に見えていた同じ客室のドアも開かれ、そこから胸元にワンポイントのバラの造花を飾らせているきれいな赤いドレスを身にまとったミチが現れた。


「ああ、拓海まだ着替えてない! 早くしないとパーティー始まるでしょ?」


 軽いメイクも施してもらったのか、ほんのりとピンク色に染まった頬にいつもはほとんど使う事のないルージュまでその小さな唇に差している。最後に、ミチのこんな着飾った姿を見たのはいつだったか。確か、七五三の時か? いやいや、成人式の時だろ? それとも、背伸びして『Full Moon』に来た時だったか?


「ちょっと何よ、その顔は」


 少し呆けて考え込んでしまった拓海をいぶかしんで、ミチがまた膨れた顔を見せる。そんな彼女を見て、拓海はいつもの調子を取り戻す事ができた。


「いや別に? 馬子にも衣裳だなって思っただけだ。もしくは、ドレスに着せられてる感半端ないって奴?」

「もう、拓海!」


 幸い胸元を露出させているようなデザインではなかったが、それでも腕を乱暴に振り上げてしまえば着崩れする事は必至だった。おいおいと、慌てて拓海が宥めようとしたら、廊下の奥の方から「あれ?」という声が聞こえてきた。


「兄さん、まだ着替えてなかったの? もしかして気に入る服がなかった?」


 先ほどと同じくスーツ姿の智広が、心配そうに少し足早に近付いてくる。今の今まで文句が頭の中いっぱいに占めていたというのに、ミチのせいで全部吹っ飛んでしまったと、拓海はぷいっと顔を背けた。


「よかったら、また別のものを取り寄せようか?」

「……いい。あるもんを適当に組み合わせる」

「そう、分かった。えっと、ミチさんでしたっけ。すごくおきれいですよ」


 智広は拓海の横に立っているドレス姿のミチを見て、決して世辞ではない心からの言葉でそう言った。それはミチもすぐに分かったのか、拓海には振り上げかけていた両腕を身体の前の方でもじもじと動かしながら、ピンク色の頬をさらに染めた。


「ありがとう、智広君。パーティーも誘ってくれて、すごく嬉しい」

「ミチさんは、兄さんの家族なんでしょ? だったら当然です」

「ところで、今日は何のパーティーなの?」

「佐嶋グループが新しく始める事業のお披露目記念って感じでしょうか」

「そうなんだ、主催頑張ってね」

「お二人に恥をかかせないよう、頑張ります」


 それじゃ、また後でと智広が再び廊下の奥へと向かおうとする。そんな智広の背中に向かって、拓海が言った。


「俺を一晩レンタルするなんざ、本当いい度胸してんな!」


 隣でミチが慌てた様子を見せるが、これくらいは言ってもバチは当たらないだろう。だが、ふいっと肩越しに振り返ってきた智広はとても不思議そうに首をかしげていた。


「…何の事? 僕、そんな事してないよ?」

「あ?」

「兄さんがわざわざパーティーに来てくれた・・・・・・・・・・・・・・んじゃないか、すごく嬉しいよ」


 きょとんとした様子でそう言ってのけた智広は、まるで子供のようだった。

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