第100話
豪華客船の二階部分の大半を占めるように造られているそのラウンジは、光沢のある白で統一されていた外観とは打って変わり、壁紙一面がダークブラウンとずいぶんシックな雰囲気を醸し出している。
だが、そこの天井に吊り下げられているシャンデリアの数々が見事だった。智広の家の玄関のものより大きさや装飾こそ劣るものの、このラウンジの雰囲気に見合うように調整されたのか、ちょうどいいくらいの明るさを照らし出していて、その存在を決してぼやけさせていない。案の定、ラウンジに一歩足を踏み入れたミチがシャンデリアに気付くなり、うっとりとした表情でため息を漏らした。
「わあ素敵、ロマンチックねえ」
「お前の口からそんな乙女っぽい言葉が出るとはな」
からかうように笑いながら、天井を見上げているミチを追い越して、拓海はラウンジの中へと台車を推し進めていく。松永が言った通り、ラウンジの一番奥の方にキッチンと一言で済ますには恐れ多いほど本格的な厨房が見えていた。
「何よぉ。そりゃあ、拓海は自分のお店でこんな照明いくらでも見てるでしょうけど!」
むくれた顔で後をついてくるミチの文句を背中越しに聞きながら、拓海は苦笑する。LED照明に改良してあったが、もっと大きくて派手なシャンデリアを知っている。だからだろうか、つい口に出してしまった。
「あいつんちの見たら、お前もっと驚くぞ。あんなのなんか、比べもんにならないくらいデカくて…」
最後まで言い切る事はなかったが、それでも話してしまった事に変わりはない。そうっと振り返って様子を窺ってみれば、ミチの表情はころっと変わっていた。
「……智広君のうちに行ったんだ?」
「おまっ、何で軽々しく君付けで呼んでんだよ。あのおっさんにバレたら面倒だぞ」
「何でってあたしより年下だし、そもそも拓海の弟君じゃない」
「弟なんかじゃねえ。俺は認めねえよ」
「またそんな意地の悪い事言って。いいじゃない、家にまで行ったんだから」
「成り行き上、仕方なくだ」
今日だって、あくまで仕事の一環として来たまでだ。ロマネをあの厨房に置いたら、ミチを連れてさっさと撤退しよう。そう思っていたら、だいぶ遅れてラウンジに入ってきた松永が「おい」と声をかけてきた。
「夕方には招待客でここはいっぱいになる。客室のいくつかを更衣室として用意したから、早く移動してそこにある服を好きに選べ」
……は? 思わずそんな声が拓海の口から漏れたが、ミチは「ありがとうございます」とさらに表情を明るくさせた。
「私もついに社交界デビューかぁ」
「おい、浮かれんなミチ。あんたも、それはどういう意味だ?」
「聞いての通りだ」
そう言って、松永が懐から二通の封筒を取り出して、そのまま二人に向かって突き出す。金色の装飾で縁取られた美しい招待状だった。
「智広様からの正式な招待状だ。これさえあれば、飛び入りだからと嫌な顔をされる事もない」
「いらないね。俺はこれから仕事なんだ」
「それなら心配はない。先ほど智広様が『Full Moon』に連絡された。お前は今夜一晩、智広様につけ」
はあ~~~~~~!?
ラウンジ中に、拓海のすっとんきょうな大声が響き渡った。
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