第96話

結論から言えば、賢哉は二つ返事でOKした。ちょうどこの間の旅行でロマネ・コンティを買いすぎちゃって、嫁に叱られてるのでと笑い話も混ぜ込み、トメの心苦しさを軽減させた。


 おまけに、ロマネ・コンティの売り上げは拓海の成績に上書きすると公言もした。当然、賢哉のその公言を紫雨は猛反発していたが、聞き入れられる訳がない。紫雨は、舌打ちを繰り返す他なかった。


「お前の売り上げなんだ。無事に届けろよ?」


 閉店時のミーティングと営業終了後、賢哉は拓海を呼び出してワインの搬送を命じた。


 何でとか、どうして俺がとか、そんな恩知らずな言葉は吐く必要がなかった。いくら松永に送ってもらったとはいえ、あのバカ長いリムジンに重いワインの木箱など乗せられる訳がない。当日、直接港まで運んでやれというのが賢哉の提案だった。






 『Full Moon』の入っているビルの前に軽トラックが停まると、いつからそこで待っていたのだろう賢哉の姿があった。一瞬、その足元にワインの入った木箱を捜してしまった拓海だったが、ワインは繊細な飲み物だ。いくら木箱の中にあるとはいえ、そう長い事屋外に出していいものじゃない。


 すぐに助手席から飛び出し、「お疲れ様です」と頭を下げる。すると、賢哉は拓海と軽トラックの運転席を交互に何回も見つめた。


「拓海、お前もなかなか隅に置けないなあ」


 ニヤニヤとからかうような笑みを浮かばせる賢哉に拓海はわずかに首をかしげたが、すぐにその意味を理解した。今、軽トラックの運転席にいるのはミチしかいない。


「あいつは、家族みたいなもんです!」

「へえ?」


 ムキになっているとでも思われているのか、賢哉のニヤニヤは治まらない。それをどうにかしたくておろおろするばかりだったが、やがてあきらめた拓海は賢哉の横をすり抜けて、ビルの中に入った。


「ロマネ、いつものワインセラーにです?」

「ああ。木箱もそのままにしてるから、持ってっていいぞ」

「ありがとうございます、じゃ運びますね」


 そう言って、拓海は両腕をぶんぶんと振り回しながら、店内奥のワインセラーへと向かっていく。その間に賢哉はミチのいる場所までたどりつくと、「こんにちは」と先に挨拶した。


「あ、こんにちは。拓海がいつもお世話になってます」

「いや、こっちの方が逆に助けられてますよ。今回も拓海のおかげでいい稼ぎになりました」

「あ、その事なんですけど……」


 賢哉の言葉に、ミチはどこか尋ねにくそうに声を詰まらせる。それに勘付いた賢哉は、すぐに「大丈夫」と言ってやった。


「頑固なところはあるが、あいつは情のない男じゃない。それはあなたもよく知ってるでしょ?」

「……」

「今はとにかく見守るとしましょう」


 若干の苦笑は混じっていたものの、賢哉の声色は優しかった。それに安堵したミチはこくりと頷きながら、「はい」と答えた。

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