第四章 執事

第94話

「……よいしょっと! これで準備OKよ」


 数日後の昼下がりの事だった。


 土曜という事もあり、常ならば『太陽の里』に籍を置く子供達は皆、昼食を終えれば各々好きに過ごしていい時間となっている。だが、上は中学生から一番下は小学一年生という年齢差はあれど、ほぼ全員が一丸となってある作業をしていた。


 『太陽の里』のレゴがある軽トラックの荷台から入れっぱなしだった荷物を下ろした加賀野井ミチが、確認するかのように視線をよこしてくる。それをすぐ近くで受けた拓海は、すぐに「ああ」と返事をした。


「急に悪かったな、他に軽トラ持ってる心当たりがなくて」

「そんなの大丈夫よ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだもん」


 決まりが悪いように頬を掻く拓海とは反して、ミチは先ほどから終始笑顔だ。それは子供達も同じで、突然荷物を下ろすのを手伝ってほしいと言われたのに不平を言う者は誰一人いなかった。


「さっき、お義母さんから連絡あったの。お義父さん、すごく感謝してたって。この恩に応えられるよう、頑張って治療しますって伝えてほしいって言われた」

「そうか」

「ありがとうね、拓海」


 空っぽになった軽トラックの荷台を満足そうに眺めた後、ミチがそう言ってきた。しかし、拓海はすかさず首を横に緩く振り、「俺じゃないだろ」と返した。


「俺は何にもやってねえよ」

「そんな事ない。その、佐嶋さんって人が拓海の……」

「やめろって」


 短い言葉で遮ると、拓海は軽トラックの前で一息ついている子供達の側へと向かっていく。きっとねぎらいの言葉と一緒に、一人ずつにおこづかいを渡すに違いない。


 後で「大事に使いなさいよ」など、注意をしておかなければ。そう思いながら、ミチは軽トラックの運転席へと乗り込んだ。






 ずいぶんと年季の入ったその軽トラックは、『太陽の里』設立当初から使われてきたらしく、あまり乗り心地のいい代物とはいえなかった。車体のあちこちにサビが見えてるし、タイヤもだいぶすり減っている上、『Full Moon』へと続く平坦なアスファルト道路を走っているというのに、ずっとガタガタと揺れていた。


「今更なんだけど、こんなのにワインなんか積んじゃっていいの?」


 また一つ、弾みをつけるかのように軽トラックががたんと揺れる。それにわずか腰を浮かせてしまった後で、ミチが少し不安そうに尋ねてきた。


「ずいぶんお高いワインなんでしょ……?」

「ああ、ロマネ・コンティ十本だからな」


 どうという事ではないとばかりに、実にあっさりとその名を口にする拓海。バラエティ番組など、テレビの画面越しに何度か見た事はあっても、その実物を生で見る機会なんて一生巡ってきやしないと思っていたミチは、いとも簡単に紡がされたその名前に、ヒュッと喉の奥から変な呼吸が漏れた。

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