第77話
拓海が『Full Moon』に復帰したのは、それから間もなくの事であった。
何日も休んで迷惑をかけてしまった事、今日より出勤するという旨を常連や太客の連絡先へとメールするのに半日ほどかかった。少々寝不足なのは否めなかったが、それを押して『Full Moon』に入ると、まず真っ先に賢哉のいる事務室へ向かった。
「本当にすみませんでした」
開口一番そう言って頭を下げる拓海に、賢哉は「もういいって事よ」と軽い口調で笑う。よほど日差しの強い地域にでも行っていたのか、賢哉はほんの少し小麦色に日焼けしていた。
「それより、紫雨がお前の弟に無茶やらせたって笙から聞いたぜ。俺が目を離してた間の事とはいえ、悪い事をしたな」
「……っ、あいつは弟なんかじゃ……」
賢哉の言葉に、ついその時の事を思い出してしまい、思わず目を逸らす。
そうだ、今考えてみれば、いくら紫雨がルール違反を犯していたといっても、智広の事を認めていない以上、放っておけばよかったのだ。しょせんは他人なんだから、どうなろうと知った事ではない。そう割り切って、笙からのSOSだって無視してしまえばよかったのに。
それなのに、お人好しにもあの場から助けて、介抱までして、挙げ句の果てには家まで行ってしまった。俺は何をやってるんだと、拓海の顔が険しくなる。
これじゃ、まるで……。
それ以上考えてしまうのがふいに怖くなって、拓海は賢哉の前だというのに押し黙ってしまった。そんな彼を賢哉は始めいぶかしむように見つめていたが、やがて何かを察したのか、「そう思い詰めるな」と声をかけてくれた。
「まだ混乱するお前の気持ちも分からねえでもない。受け入れがたいもんは、そうそう受け入れられねえもんな?」
「賢哉さん……」
「まあ、これからもお前らしく頑張ってくれりゃあ、俺は何の文句もない。さっそくだが今夜から気張れよ? でないと、No.1の座が危ないぞ?」
そう言って、賢哉は半月分の売り上げ経過表を拓海に見せてきた。ある程度の覚悟はしていたが、やはり目に見える形にされると堪えるものがある。紫雨との差がずいぶんと開いてしまっていた。
だが。
「……何言ってるんですか、賢哉さん」
逆に火が点いた気分だった。拓海は不敵に笑いながら言った。
「こんなもん、ハンデにもなりませんよ。何なら三日で撒き返してやってもいいです」
「へえ、やってみな」
楽しみだなあと、賢哉も煽るように言いながら笑った。
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