第62話

「ものすごく、かっこいいと思いました。とても大変そうな仕事なのに、お客さんに優しく接しつつ、スマートにこなしてるんだって……。そんな人が、僕の兄さんだなんて、何だか夢みたいです」


 まだ顔色は悪いままだったが、へへっと嬉しそうに笑ってから、智広はペットボトルの中のミネラルウォーターを二口三口と飲みだす。そんな智広に、何故か笙は胸をふんぞり返らせて「そうだろ、そうだろ」と自慢げに言葉を返した。


「伊達に何年もNo.1ホストを背負ってるんじゃないんだよ、拓海さんは。何てったって、俺の目標だからな!」

「あなたの目標……? えっと、失礼ですけど、あなたは……?」

「拓海さんの弟分の笙。て、いうか、この前ラーメンおごってくれた時も自己紹介したんだけど?」

「そう、でしたっけ……」


 きょとんと見つめてくる智広に、笙はおいおいと肩をすくめる。そんな笙の手に残っていた冷やしタオルを奪うように取った拓海は「酔いが回ってる奴に言うだけムダだろ」と言いながら、それを智広の額に押し付けた。


「ここで横になってろ。具合がよくなったら、タクシー呼んでやるからそれで帰れ」

「タクシー……? え、松永は……?」

「あのおっさんか? いねえけど」


 なあ、と拓海が笙の方に視線を向ければ、笙も即座にこくりと頷いた。


「あんた、一人でここに来たんだぞ。最初に俺が応対した時に一人かって聞いたら、『絶対に僕の邪魔するから、途中で撒いてきた』とか言ってたくせに。それも覚えてねえのか? とんだ酔っ払いだな」


 そう言って、笙は智広の胸元あたりを指差す。冷やしタオルを額に乗せてソファに横になっていた智広は、その指につられて胸元の内ポケットを探る。そこから出てきたのは、電源の落ちているスマホだった。


「あれ? 何で……」


 電源を落とした事も忘れるくらい酔いがひどいのかと、拓海はますます呆れながらも「連絡しろよ、また殴られたら敵わねえからな」と声を出す。それに素直に従い、智広はスマホの電源を入れるが、二分と経たないうちにその液晶画面は不在着信とメール着信の数でいっぱいになった。


「ああ……」


 やってしまったとばかりに、両目を閉じる智広。その様が二十二歳という年齢に似合わず幼く見え、同時に彰人の言葉が拓海の脳裏に蘇った。


『佐嶋にとってあなたはたった一人残った大事な家族なんです』


 思わず、ちっと舌打ちする。


 いまだに智広をそういう存在として受け入れる事はできないし、むしろ拒絶したい気持ちがまだ残っているが、今回の事でこちら側に落ち度が全くないという言い分は通らない。むしろ、からかいの的に仕立て上げてしまったのだから、このまま帰すとなると、さらなる面倒事になるのは明らかだ。


「スマホよこせ」


 両手の中にスマホを握り込んだまま逡巡していた智広に、拓海は右手を伸ばした。


「俺があのおっさんに話をつけておいてやる。悪いようにはしないから、安心してここで休んでろ」

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