第59話
十中八九、これからラッパ飲みさせられるのは笙だろう。あの後、電話はすぐに切れてしまったが、どうせ紫雨に「犬、早く来い!」とでも言われて呼びつけられたに違いない。
俺や賢哉さんがいない間に、好き勝手しやがって……!
席に群がっているホスト達の輪を掻き分けようと、両腕を伸ばす拓海。だが、その両腕の前に素早く立った者がいた。
「よかった、拓海さん来てくれたんっすね!」
そう言って、心底安心したように笑っていたのは笙であり、そんな後輩を見た拓海の口からは「は?」とずいぶんまぬけな声が勝手に出てきてしまった。
「え? お前……」
「拓海さん来てくれなかったどうしよう、ヤバいってマジ思ったんですから。よかったっす」
てっきり、お前がイッキコールやらされてると思ってたのに。そう言いたかった拓海の腕を、笙は何の遠慮もなくがっちりと掴んで引っ張りだす。そしてそのまま、コールで沸き立っているホスト達の輪を掻き分けだした。
「紫雨さんを止めてもらっていいっすか?」
笙が言った。
「俺、何度も言ったんです。賢哉さんも拓海さんもいないのに、勝手に体験入店させちゃヤバいですって。おまけにイッキコールもやらせようとするなんて」
「おい、何の話だ」
「でもあいつ、『兄さんの売り上げにしてくれるならいいですよ』とか言って、安請け合いして。バカだよ、あいつ。全部紫雨さんの稼ぎにしかならないって何で分かんないかな」
笙の口から出た「兄さん」という単語に、拓海は今朝、血相を変えて自分のマンションを飛び出していった男の顔を思い浮かべる。まさか、まさかあいつ……!
「ほらほら、どうした新人君? 俺のかわいい子が期待して待ってるよ?」
イッキコールの間を縫うようにして、紫雨の意地の悪い声が拓海の耳に届いた。
「まだシャンパン二本目でしょ? あと三本あるんだから、頑張ろうっか?」
「は、はい。もちろん……」
そんな紫雨に、少し弱々しい声が返事をする。やっぱりかと、拓海は思った。
「笙。裏行って、バケツと水。それから冷やしタオル用意しておけ」
自分の腕を掴んでいた笙の手を振りほどいて、拓海が言った。
「え?」
「すぐに俺も行くから」
「は、はいっ」
拓海の意図を察して、笙は慌ててその場から離れていく。残された拓海は、そのままイッキコールの中心となっている席へと向かっていき、そこで新しいシャンパンのボトルに手を伸ばそうとしていた男の頭を軽くはたいた。
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