第57話
「あいつの事なんだけど」
拓海が口火を切った。
「あいつ、昔からあんな調子なのか? 何ていうか、人の都合は一切お構いなしで、自分の我を押し通そうとするところとか」
「ああ、確かにそんなところはありましたね」
何だ、そんな事かと言わんばかりの口調で、彰人はさらりと答えた。
「俺と揉めた時もそうだったです。頑なに『僕にはお兄ちゃんがいる』『嘘つきとか言うな』とか言って、殴りかかってきたくらいでしたから。でも、その時だけですよ?」
「……は?」
「俺がやられたのと同じかそれ以上、佐嶋は父親に殴られてました。しかも、俺と親父の目の前で」
「……」
「佐嶋グループの御曹司がクラスメイトのあごにヒビを入れたなんてスキャンダル、どうあっても漏らしたくなかったんでしょうね。相当な額の見舞金もらった上、学校中に箝口令出してったくらいですから。あれは怖かったですよ、本当」
拓海は、背筋がうすら寒くなった。
あれからスマホで少し調べたが、佐嶋グループの先代社長は仕事の腕は切れるが、人格者と呼ぶには程遠い人物であった事に間違いなさそうだ。だが、当時小学生だった彰人の目の前で、例え謝罪の意味合いがあったにしても実の息子を躊躇なく殴れるものか?
「あいつはじっと耐えてました」
彰人が言葉を続けた。
「俺がからかった時は頑なに言っていた言葉を、まるで腹の奥まで飲み込んじまったみたいに何も言わなかったんです。ただじっと、父親に殴られ続けてて。うちの親父がもういいですって言わなきゃ、死んじまってたんじゃないかって今でも思います」
「……」
「俺はこれ以上詳しい事は知りません。でも、佐嶋にとってあなたはたった一人残った大事な家族なんです。いきなり言われて戸惑うのは分かるけど、必要以上に佐嶋を」
「その父親って、死んだんだよな」
ふいに言葉を遮られて、彰人はぴくりと肩を震わせた。
拓海の顔を見つめる。静かで無表情なその様に、少なくともいらだってはなさそうだ。ただ純粋に聞きに来ただけなんだと、彰人はほっとして答えた。
「はい、二年前に……」
「それまであいつは、そういう父親に抑圧されてきたって事か?」
「たぶん。だから、よけいに佐嶋を疑う奴もいたっていうか」
「疑う? 何を?」
「交通事故だったから」
交通事故――その言葉に、拓海の眉がわずかに動いた。スマホで調べた中に、確かにその旨を記す内容もあった。二年前、佐嶋グループの社長夫妻が自家用車の自損事故で帰らぬ人となったと。
「何であいつが疑われるんだよ?」
「佐嶋が運転していたって話です。それで、佐嶋がわざとって……」
そんなはずない。俺はあの時、必死で俺に掴みかかってくるほどの勇気を持っていた佐嶋を信じてます。だから、今も友達やってるんで。
最後にそう言って、店に戻っていく彰人の後ろ姿を、拓海は静かに見送った。
それから、十分ほど経った頃。自宅マンションへの道を歩いていた拓海のスマホに着信が届いた。電話をかけてきた相手は、笙だった。
「拓海さん。何かすごい事になってるんで、今から店に来てくれませんか?」
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