第56話
拓海の予想通りだった。彼が早い夕食を済ませてしまう頃合いになって、彰人は両手いっぱいに様々な具材をぶら下げて帰ってきた。
さっそく話しかけようと思った拓海だったが、もうその頃には何組かの客が同じように早い夕食を求めて店にやってきていた。彰人はもちろん拓海に気が付いてていねいに会釈してくれたものの、すぐに慌ただしく厨房の中へと入っていった。
タイミングが悪いな。これじゃ、話す時間はなさそうだ。
うまいチャーシューメンとミニ炒飯は、すっかり拓海の腹の中へと収まり、残るは食後のサービスとして出された温かいお茶だけだ。それももう全部飲み干してしまった事だし、これ以上長居するのは店側としても迷惑でしかないだろう。
また日を改めるか、と拓海は厨房に向かって「会計お願いします」と声をかける。すると、それに気付いた彰人がバタバタと足音を立てて近付いてきた。
「あ、待って下さい!」
以前と違って、彰人は油で少し黄ばんでいる調理服を身にまとっていた。代金を払おうと財布を懐から取り出しかけていた拓海は、少しだけ息を飲んだ。
「……そんな慌てなくても、前みたいに帰ったりしねえって」
「いや、そうじゃなくて。今、親父から聞きました。俺に話があったって」
「ああ、まあ。でも、またにするよ。今から忙しくなるだろ?」
「それなら大丈夫。この時間に来るのは常連さんばかりで、最初は皆ビールしか頼まないんで」
「……」
「話なら、店の外で」
そう言うと、彰人は手早くレジを打ち込んで、チャーシューメンセットの値段を読み上げる。そして拓海が代金を支払うと、さっさと入り口から出ていってしまった。
別に急ぐ訳でもないから構わないのにと思ったが、わざわざ時間を作ってもらったのだから、それを無下にするのも憚られる。ふうっと短い息を一つ吐いてから、拓海は彼の後を追った。
彰人の姿は、すぐに見つける事ができた。以前、店を出てしまった時に足早く進んでいってしまった所と同じ場所に、彼は立っていた。
「あの、佐嶋に何かあったんですか?」
拓海が近付いてきたとたん、彰人はひどく心配そうに尋ねてきた。調理服の前にかけている腰巻きタイプのエプロンの裾を不安げに握りしめている。
「いや、そういうんじゃない」
拓海はすぐさま首を横に振る。そういえば、少し前まで入院がどうたらこうたらって言ってなかったか……? よく思い出せないから、その辺は別にいいだろう。
「困り果ててるくらい元気だから、安心しろよ。昨夜なんかうちに押しかけてきて、強引に泊まっていく始末だ」
「ああ、そうなんですか。佐嶋らしい」
「笑ってんなよ、他人事だと思って」
くっくっくとおかしそうに笑う彰人。そんな彼を見て、拓海はよけいに面白くない。ああ、もう。早く聞く事聞いて、帰ろう。
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