第54話
同時刻。佐嶋智広は、自宅の自室のベッドの上でゆっくりと目を覚ました。
ぱちぱちと何度か瞬きをした後で、そっと上半身を起こす。その身には肌触りのいいシルクのパジャマをまとっており、洗い立ての優しい匂いが智広の鼻孔をくすぐった。
「あれ? 今、何時……?」
ベッドのすぐ側にある窓の向こうを見てみれば、もうずいぶんと日が高く昇っていた。そんなに深く寝入ってしまってたのだろうか。今日って休日だったっけ。ずいぶんと強い空腹感もあった。
トメさんに頼んで、何か作ってもらおうかな。
そう思いながらベッドから降りようとした時、ふいに自室のドアが前触れもなく開かれる気配がした。
その瞬間、智広の体がびくりと硬直する。ノックもせずに自分の部屋に入ってくるのは、昔からあの人しかいない。あの人は、息子の都合を考えてくれるような人じゃなかったから……。
どうしようとベッドのシーツを強く握りしめる。だが、開かれたドアの向こうから入ってきた人物の顔を見て、智広はひどく安堵した。
「ま、松永っ……」
「……っ、智広様! 起きられましたか」
部屋に入ってきた松永の両手には、清潔そうなタオルに包まれている少し大きめの保冷枕があった。それを見て、智広が反射的にベッドの枕元を振り返ると、すっかりぬるくなった同じものが置かれてあった。
「松永、僕……」
「大丈夫ですよ。朝、目を覚まされてから少し体調を崩されたので、そのままお休みになっていただきました」
「し、仕事は? 僕が休んだら、グループの皆に迷惑が」
「それも大丈夫です。智広様はここ数日、必要以上に業務をこなされていましたから、少し休んだくらいで影響はございません」
「そっか。ごめん、わがままばかり言って……」
そう言って、智広は自室の中をぐるりと見渡す。十畳以上はあるかと思われる部屋の中には、高級そうな調度品や絵画などが置かれているが、それらは異様な雰囲気を醸し出していた。まるで覆い尽くさんとばかりに、無数の小さなメモ用紙がびっしりと貼り付けられていたからだ。
そのメモ用紙は壁の至る所にも貼り付けられており、わずかな空気の流れにも反応してかさかさと揺れていた。智広はベッドのすぐ横の壁にある一枚を手に取ると、そこに書かれてある短い文章に目を通した。
「そうだ。早く兄さんに会いに行かなくちゃ」
智広が小さく言った。
「松永、今夜空いてる? 兄さんの務め先に行きたいんだ」
「ええ」
「どんな所だろう。初めて行くんだから、失礼のない格好をしなきゃ。後でコーディネートするから手伝ってよ」
期待と緊張が折り混ざったような表情でそう言う智広を、松永はキュッと唇を噛みしめながら見つめていた。
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