第52話

訳も分からず『太陽の里』から連れ出され、強引にハンバーガーで昼食を済まされた。そのまま強引に図書館へと赴いた拓海が言ったのは、次の言葉だった。


「二十二年前、小さいガキが被害者になったような事件があったかどうか調べたい」


 正直、何を今更とは思った。


 二十二年前と言えば、拓海が『太陽の里』の前で置き去りにされていた時期と重なる。その時、拓海の右肩はひどい傷を負っていて、手当てを受けた痕があったという。


 又聞きでしかないが、新藤夫妻は相当の手を尽くしたし、警察も動いてくれたらしい。なのに、何一つ手がかりがなかったのだから、今の拓海がいるというのに――。


 言われるがまま、パソコンの検索バーに『二十二年前』『子供』『傷害事件』などといったキーワードを打ち込んでいたミチだったが、どうも拓海が望むような検索結果は出てこない。しまいには、どこか別の県の交通事故で亡くなってしまったという子供のあどけない写真が出てきてしまい、ついに気が滅入ってしまった。


「ねえ、いったいどうしたの?」


 今度はミチが立ち上がって、間仕切りの上から顔を出した。拓海は返事をせず、パソコンの画面を見つめ続けている。


 ねえ、ともう一度声をかけてから、ミチは言った。


「何かあったの?」

「……」

「拓海ったら」

「ちょっと、夢見が悪かったんだよ」

「夢見?」


 ん? と首をかしげるミチをよそに、拓海は彼女に指示を出したものとは別のキーワードで検索をかけていた。


『佐嶋ちひろ』


 どういう漢字を充てるのか知らなかったので、とりあえずそのように検索した。しかし、パソコン画面は何の苦もなく無数の検索結果を映し出した。


 さすがは名高き佐嶋グループを率いる若き二代目社長といったところか。プロフィールやら数多の写真は当たり前のごとく並んでおり、web版のインタビュー記事もどんどん出てくる。そのうちの一つのリンクをクリックしてみれば、和らげな微笑みを浮かべる智広の写真が大きく現れた。


 そして。


「佐嶋智広。二十二歳、か……」


 そこに載っていた智広のプロフィールを見て、智広の名に使われる漢字と、彼が二十二歳であるという事を知った。


 だとすれば、あの夢に出てきた中学生はあいつじゃないと、拓海は確信を持った。あの夢の中の俺は、まぎれもなく。自分より二歳年下のあいつが、中学生でいられるはずがない。


 じゃあ、あいつはいったい誰だ? 何のつもりであんな事を? そもそも、あれは本当にただの夢だったのか?


 夢の中の中学生の顔を思い出そうとした拓海だったが、脳裏によぎったのは自分の一番古い記憶だった。自分を置き去りにした、腹まわりの太った女――。


 まさかあの時、あの女の腹の中にいたのが……?


「いや、そんな事あるかよ」


 ぽつりとつぶやいた後、拓海は急いでパソコンの電源を落としてブースから出ていく。突然の拓海の行動に驚いたミチが「ちょっと!」とつい大声を出してしまった事で、また司書員がじろりとにらんでくる。


 それに引きつった愛想笑いを浮かべながら会釈すると、ミチは慌てて図書館から出ていこうとする拓海の後を追いかけた。

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