第51話

「……全く、何で私がここまで付き合わなくちゃいけないの?」

「昼メシおごってやっただろ」

「どこに連れて行ってくれるかと思えば、すぐそこのマックだったし? しかもその対価が訳分かんない調べ物とか、もう全然割に合わないんですけどっ!」


 県立図書館の一角に設けられた視聴覚ブースコーナー。その隣り合った席で、拓海とミチは少し前から子供のような言い合いを繰り広げていた。


 十席ほど設けられたそれらは一つ一つが申し訳程度の薄い間仕切りで隔てられているのみであり、不満げなミチの大声を到底防ぐ事はできない。案の定、すぐ近くにある受付カウンターの中にいた司書員のじろりとした視線が突き刺さってきた。


「バカ、静かにしろよ」


 間仕切りの上から顔を出した拓海が、しぃーっと人差し指を自分の口元に当てる。その仕草は、昔『太陽の里』の部屋で夜更かしをしていた際、ベッドの上で彼がよくしていたなとミチはふと思い出していた。


「もう少し付き合えって。どうせヒマしてたんだろ?」

「ヒマだったのは拓海の方でしょ。しかもそんな大きなアザこしらえて」

「先生達に余計な事言うなよ」

「先手打っといて、よく言うわ」


 拓海が『太陽の里』を訪れたのは、今から二時間ほど前の事だ。近頃、数日と空けずに帰ってきてくれるに新藤夫妻は手放しで出迎えてくれたものの、彼の頬に充てられた大きなガーゼを見た瞬間、ひどく慌てた。


『ど、どうしたんだ拓海!? 何でそんな怪我を……』

『大丈夫。店の中でケンカを始めた客達を宥めようとしたら、巻き込まれちゃってさ。まぬけだよな俺って、あははっ』


 何でもない事のようにそう言ってのける拓海の嘘を、ミチは瞬く間に見破った。伊達に長い付き合いをしている訳じゃない。新藤夫妻は知らないだろうが、拓海は嘘をつく時、必ず最後に「あははっ」と短い笑い声を出す癖があるのだから――。


 何、下手な嘘をついてるのと言ってやろうとしたミチだったが、それより一瞬早く拓海は彼女の腕を掴んだ。ちょっとミチを借りてもいいですかと頼んでくる彼の申し出を、新藤夫婦は快く承諾した。


「先手って……。先生達に余計な心配かけさせる必要ねえだろ」

「だったら、実はホストやってますってお義父さん達に白状すれば?」

「そんな事したら、先生の心臓が止まるだろ。奥さんも心配のしすぎで老けるわ」


 いいから続けるぞと、間仕切りから顔を引っ込めてリクライニングソファに腰を落とした拓海の視線は、目の前のパソコン画面に向けられる。大げさなため息を吐くと、ミチも再びパソコンと向き合った。

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