第49話
ベッドのすぐ側に置いてあったスマホの液晶画面を確認すると、まだ午前六時を少し回ったところだった。
どうせ数日は休みだし、もともと夜型だ。このまま二度寝しようと思ったが、訳の分からない夢を見てしまったせいか、再び眠りに落ちる事ができない。ゴロゴロとベッドの中で何度か寝返りをしていたが、やがてあきらめた拓海は再び勢いよく跳ね起きた。
「ああ、くそっ。しゃあねえな」
軽い空腹感も覚えてきたので、朝食を作る事にした。まあ、そうは言っても、準備できるのは焼いたトーストと目玉焼き、それから昨日のコンビニで買った出来合いのサラダくらいだ。
自分一人なら、さして気に留める事もないお手軽メニューであるが、面倒な事に、今この部屋にはもう一人いる。昨夜、冷凍とはいえ食事を作ってもらっているのだ。朝食も食べさせずに部屋から追い出すのは、さすがに気が引ける。
トーストと目玉焼きを焼いてる間に、叩き起こすか。
そう思いながら、パジャマ代わりのスウェット姿のままで拓海は寝室から出ようとした。だが、その時。
「……う、うわああああっ!?」
寝室のドア越しに、智広の大声が響き渡った。
2LDKのうち、一つはこの寝室用に、もう一つはホスト用の衣装部屋として使っているので、おそらくリビングからだろう。
リビングにはソファが置いてある、昨夜は言い付け通りそこで寝たに違いない。しかし、今何時だと思ってんだ。あのボンボン社長。
「おい、朝っぱらから騒ぐんじゃねえよ。苦情来るだろうが」
寝室から出た拓海は、すぐそこにあるリビングに顔を向ける。やはり、リビングの中央に大きく鎮座しているソファの上に、智広の姿があった。
下着はくれてやったが、パジャマになるような物は貸してやらなかった為、そのままの格好で寝たのだろう。智広のYシャツは少しシワが寄っているし、ジャケットを毛布代わりにしていたのかソファの足元に落ちていた。
「はあっ、はあっ、はあっ……!」
声をかけられたものの、智広は全く気がついていないのか、先ほどの拓海同様に荒い呼吸を繰り返していた。苦しそうに胸元を掴み、目も大きく見開いている。
(何だ? こいつも夢見が悪かったのか?)
嫌な偶然があったもんだと、拓海はソファに近付く。そして、後ろの方から智広の肩を掴んだ。
「おい、朝メシ食うだろ?」
「……えっ!?」
肩を掴まれたせいか、智広は大げさなくらいにびくりと全身を跳ねさせる。そして、おそるおそるといった感じで肩越しに振り返り、拓海と目を合わせた。
「あ、あの……」
「トースト、二枚食えるか?」
「え、えっと……ここ、どこですか?」
「どこって、俺んちだ。お前が勝手についてきたんだけどな」
何寝ぼけてやがると、拓海は呆れた息を短く吐く。それを聞いた智広の顔色はみるみるうちに蒼白となっていき、慌ててソファから降りると足元のジャケットを掴んだ。
「す、すみませんでしたっ……! 僕、帰ります!」
「そうしてもらいたいもんだが、その前に借りは返す。朝メシぐらいは食って」
「お邪魔しました!!」
拓海の言葉を最後まで紡がせず、智広は勢いをつけて頭を下げる。そして、バタバタと玄関まで走っていき、そのまま外へと飛び出していってしまった。
嵐のように立ち去っていった智広の後ろ姿を、拓海は最初こそ呆然と見送っていたが、やがて玄関が慣性の法則でバタンと閉まる音を聞いたと同時に、近所迷惑になりかねない大きな声を出した。
「……何なんだよ、あいつ! ふざけんじゃねえ!!」
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