第45話

「僕はね、兄さんの事になるととんでもなく貪欲どんよくになるんだ」


 まるでその事が当たり前であるかのように、智広はきっぱりと言った。


「兄さんとしたい事が、まだまだたくさんある。その一つ一つが僕の大事な夢で、それが叶うたびに幸せを感じてるんだ。もちろん、兄さんの迷惑になるかもしれないって事は分かってるつもりなんだけど」

「だったら、是非ともやめてほしいもんだけどな」

「ごめん、それはできない」

「何でだよ。いい加減、訴えるぞ」

「いいよ。それだけ僕達は悪い事をした」


 またかよ、と拓海は顔をしかめる。


 何度同じフレーズを言えば気が済む。さすがに聞き飽きてきたし、どういう意味だと聞き返すつもりもないから、ひたすら腹立たしくなるだけだ。


 だが、この時智広は、初めてその続きの言葉を口にした。


「だから兄さんには、誰よりも幸せになってほしい」

「……は?」

「僕の幸せは、兄さんの犠牲の下で成り立ってる。だから、返しに来たんだ」


 あまりにも真剣な声色だった。だからだろうか、拓海は何も言い返せずにレジへと向かっていく智広の背中を呆然と見つめる他なかった。






「お邪魔します」


 十数分後。智広は拓海の後ろについて築十五年ほどになったオートロック付きマンションのエントランスを抜けると、そこの三階に位置している2LDKの彼の自室のドアをくぐった。


「すぐに夜食作るから、兄さんは頬を冷やしてて。冷凍だけど、うどんでいいかな。これならゆっくり食べれば頬に響かないと思う」


 コンビニのビニール袋をがさがさと揺らしながら、智広はさっさとキッチンの方へと歩いていく。


 結局コンビニの支払いもカードで済まされた上に、マンションの前までついてこられてしまった。さすがにそこで追い返そうと思ったのだが、運悪く、居酒屋でのバイト帰りだった管理人の息子とばったり出くわしてしまった。


「あ、新藤さんこんばんは。そちらの人は?」


 生活サイクルがほぼ似通っている管理人の息子は、拓海の顔をしっかり覚えていて、ていねいに挨拶してきた。そんな彼に拓海が何かごまかしの言葉を言おうとする前に、智広がずいっと前に一歩歩み出て、ぺこりと頭を下げた。


「こんばんは。いつも兄がお世話になっています」

「あれ、弟さんなんですか? こちらこそ、いつもお世話になってまして」


 こんな深夜にコンビニのビニール袋をぶら下げているのだから、とても仲のいい兄弟に見えた事だろう。彼は全く警戒心を持つ事なく、オートロックのドアを開けた。


「それじゃ、お休みなさい。どうぞ兄弟水入らずで」


 そう言って、管理人室へと消えていった彼の言葉がよほど嬉しかったのか、智広は張り切った様子で買ってきた物をシンクの上へと広げていく。拓海はその中から冷えピタの箱をさっと奪い取ると、そのまま洗面所の方へと向かった。

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