第44話
自宅マンションへの道を覚えられる前に追い返すつもりだった。
だが、智広はどんなに拓海から邪険な態度や言葉を浴びせられてもついてくる。頬さえ痛まず、おまけにアルコールも入っていなければ走って撒いてやるのにと、拓海はイライラしながらマンション近くのコンビニに入った。
「兄さん、何買うの?」
拓海の後ろにぴったりとついて、まだ空っぽであるかごの中を覗き込む。拓海は返事をせず、コンビニの奥へとまっすぐ向かって、冷えピタの箱を掴み取った。
背中の向こうから「あっ」と短い声が聞こえてくる。病院に行くつもりなどないのだという意図を正しく汲み取ったようだったが、智広はめげる様子もなく声をかけてきた。
「兄さん。ここは僕が払うよ」
「は? またかよ、ふざけんな」
「他には何を買うの?」
「いい加減、人の話を聞け」
「ごはんは食べられる? あまりコンビニ弁当や冷凍食品はよくないと思うけど、よかったら僕が準備するから」
そう言うと、智広は強引に拓海の手からかごを奪い取り、適当な品を見繕ってぽいぽいと放り込んでいく。
頑なに額を言おうとしないが、今回の件で智広はそれなりの迷惑料を支払っている。例えこいつにとって、それがどんなにはした金であったとしても、これ以上は紫雨への借りより屈辱的なものになりかねない。
「いいから返せ」
自分の横をすり抜けて、今度は冷凍食品コーナーへと向かおうとする智広の背中に向かって、拓海は右腕を伸ばす。だが、触れる直前、智広のこんな声が聞こえてきた。
「……よかった。また、僕の夢が叶った」
「は?」
「夢だったんだ。こうやって、兄さんと一緒に買い物するのが」
少し照れているのか、振り向く事なく智広が言う。住宅街の中にあるコンビニは、時間帯のせいもあって二人の他に客はいず、レジの中で深夜勤のバイトがだるそうにあくびをしているだけだ。そんな中、智広のその言葉は拓海の耳にはやたら重く響いた。
そういえば、あのラーメン屋の兄ちゃんも言ってなかったか? 俺と楽しく食事をするのが、あいつの夢だったとか。それに、俺の誕生日を祝うのも夢だったとか言ってたよな……。
「見かけによらず、ずいぶん欲張りなんだな」
何となく、そう思った事がするりと口から出てしまっていた。すると、智広はようやく拓海の方を振り返り、少し驚いたような表情をしてみせた。
「え?」
「社長さんにはずいぶんとたくさんの夢がおありのようだ」
「……うん、そうだよ」
始めは、何の事を言われているのかすぐにはぴんと来なかったのだろう。智広はかごを提げたままきょとんとしていたが、やがてふっと静かに微笑んでみせた。
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