第43話
「兄さん!!」
リムジンは拓海を見つけるや否や、その後部座席のドアを乱暴に開け放つ。そして、今一番顔を見たくない男がそこから飛び出してくるのを見て、拓海ははあっとため息をついた。
「兄さん! 兄さんごめん、本当にごめん!!」
搬入用やゴミ収集用のトラックが来ない時間帯といえ、まだ少し車の行き来はある。そんな往来の真ん中にリムジンが停まっている上、大声で自分の事を呼んでくる若者の姿はどうやっても行き交う人々の注目を集めた。
「やめろ、悪目立ちし過ぎる」
ぷいっと顔を背けながら、拓海が言う。だが、そっぽを向いた事で腫れた頬がよりはっきりと見えてしまい、智広にとっては逆効果になった。
「本当にごめんなさい。松永にも謝るように言ったんだけど、どうしても嫌だって……。だから、僕が代わりに」
「それで待ち伏せか。ますますストーカーじみてきたな」
「病院行こう? 今なら、傘下の救急病院を手配できると思うから」
「これくらいで大げさなんだよ」
拓海は、リムジンの運転席をにらんだ。そこには相変わらず松永が座っていて、拓海の視線に気が付いた様子でにらみ返してくる。智広の言うように、本当に謝る気はないのだろう。
顔どころか、くるっと背中を見せて、拓海は再び歩き出そうとしたが、ふと思い出して足の動きを止めた。
「……いくらだ?」
「え?」
「お前、うちの店と客に迷惑料払ったよな。いくらだ?」
「……」
「おい」
「そんなの知らない」
智広が答えた。小さく首を横に振っている。
「分からないよ」
「何だそりゃ? 小切手渡したんだろ」
「……」
「ちっ、答えたくないって事か」
そうやって、後味の悪い思いをさせた上でつきまといを続ける算段か。本当に気に入らない。
「とんだ営業妨害をしてくれたな。おかげさまで休みになっちまった」
「え? そうなの?」
「お前の有能な部下の腕の賜物だ」
そう言って、拓海は腫れた頬を親指で指す。智広はそんな拓海の顔を少しの間見つめていたが、やがて懐からあの手帳を取り出すと、何やらすらすらと書き始めた。
「何だよ?」
拓海が問うと、智広は「今日の事を書いてるんだ」と答える。
「兄さんに怪我をさせちゃったから」
「……」
「兄さん、病院行こう」
書き終えて手帳をしまった智広が、そうっと手を伸ばしてくる。拓海は後ずさるようにその手から逃れた。
「しつこいぞ」
「兄さん」
「ついてくんな」
そう言い放ち、今度こそ歩き出す。もう止まってやるものか。
だが、よほど拓海の頬の腫れが気になるのか、智広は後ろのリムジンに向かって大きな声を出した。
「松永! 僕、今日は兄さんの家に泊まるよ‼ 先に帰ってて!」
「ち、智広様!?」
主人のそんな言葉に松永は慌てて運転席から出てきたが、その頃には二人の姿はずっと小さくなってしまっていた。
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