第41話
「……あいつら、どうした?」
情けない事に、殴り飛ばされて間もないうちに気絶してしまったので、拓海はその後どうなったのかをまるで知らない。後輩ホスト達がはフロアから連れ出してくれたのだろう、気が付いたら更衣室のソファの上だった。
ぬるくなった前のタオルを返すと、笙はそれを両手の中で弄びながら「まあ、何とかなりました」と話し始めた。
「賢哉さんが駆けつけてくれたんで、おっさんもすぐに騒ぐのをやめました。けど、テーブルが一つダメになったのと、紫雨さんの客の服がちょっと汚れちゃって」
「なるほど、それでか」
合点がいった。紫雨は
「嫌な奴に借りを作っちまった。それで、服が汚れたのはどの客だ? 謝らねえと……」
「もう帰りました。迷惑料も持っていってます」
「は? まさか賢哉さんが出したのか? おい、冗談じゃねえぞ」
慌ててソファから離れると、拓海は自分のロッカーに向かった。替えの冷やしタオルを放り投げ、財布の中身を確認する。
ホストクラブに足を運ぶ女達は、皆が皆、それなりに着飾ってくる。少なくとも、こちらの落ち度で服を汚されて、何もなかったかのような素振りを見せる女などいるはずがないのだ。
「くそっ、急がねえと」
「え? 拓海さん?」
「まだその辺にいるかもしれないだろ。笙、その客の特徴は? 今から追いかけて」
「だから、大丈夫ですよ。あいつが金を出しましたから」
「あいつ?」
笙のその言い方に、拓海は眉のあたりをぴくぴくと動かした。仮にもオーナーである賢哉に対して、笙があいつなどという呼称を使うはずがない。笙の同期にも、迷惑料をぽんと支払えるような者はいない。
だとすれば。
「まさか……」
「そう、あいつです」
笙の、たったそれだけの返事に、拓海はギリッと奥歯を噛みしめた。智広の顔が、いとも簡単に脳裏に浮かんだせいだった。
「『僕の部下がやらかした事だから』って、客にも賢哉さんにも頭を下げまくってました。それから、小切手なんか取り出して『好きなだけ金額書いて下さい』って。俺、あんなドラマっぽいの初めて見ましたよ」
「……」
「ああ、そうそう。それと」
「まだあるのかよ!」
つい声を荒げてしまったが、笙はさして気に留めない様子で言葉を続けた。
「『兄さんには何の処罰も与えないで下さい』とか言ってました。『僕達が悪いんだから』って」
もう何度聞いてきた言葉だと、拓海は顔をしかめる。
僕達が悪い? 本当にそう思ってんなら、もうどこかに消えてくれ。
母親の事なんて聞きたくない、知りたくもないのだからと。心から、そう思った。
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