第二章 社長

第36話

『「皇帝エンペラーの後継者」――。


 これが、父が健在だった頃まで、僕という存在を表すたった一つの代名詞でした。


 確かに父は、見る人が見ればあまりにも狡猾であり、それでいて冷淡。人の情けを知らないのかと思われんばかりの独裁ぶりだった事でしょう。実際、どれほどの人が父の仕事ぶりによってその人生を狂わされてきた事か。それを思うと、息子として本当に申し訳なく感じています。


 そんな父に対して、僕は尊敬している部分があります。見習うべき、たった一つの長所と言い換えてもいい。


 それは、父が残した業績そのものです。


 方法自体は、決して褒められたものではない。むしろ軽蔑さえしています。目的の為なら手段を問わずに推し進めてきたその姿は、幼かった僕には鬼か悪魔のように見えていました。


 ですが、必ず結果は残してきた。つらい思いをされる人の数も多かったけど、それと同様の分だけたくさんの物を築き上げ、少しも壊す事なく守り抜いたのです。その姿勢だけは、亡くなるまで変わる事はありませんでした。


 こうして父の後を継ぐ事になりましたが、僕は決して「皇帝エンペラー」にはならないと、父の墓前に誓いました。


 きっと、父は草葉の陰で怒り狂っているでしょう。生ぬるい事を言うなと。私の気に入らない事をしでかすなと、生前から口癖のように言っていたので。


 僕が父から受け継ぎ、これから未来へと紡いでいくのはそのこころざしのみ。何事においても決して最後まで折れず、必ず達成してみせるのだという強い志のみです。


 できる事なら、父が生きている間にそう言いたかったのですが……まあ、遅すぎる反抗期というものですね。


 でも、父がぐうの音も出ないほどに、粉骨精神勤めあげようと思います。


 僕はもう、「皇帝エンペラーの後継者」などではないのだから――。』

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